カテゴリー別アーカイブ: 体験談

生き様-体験談

職歴を振り返る

連載「公共を創る」で、第183回から第190回まで、私の職歴を振り返りました。幹部官僚のあり方と育て方を議論するに際して、私の経験を紹介したのです。飲んで後輩たちに自慢話をすることはありましたが、このような観点から、自分の仕事とそこで考えたことを振り返ることはこれまでなかったので、よい機会でした。

「公共を創る」という論考には少々場違いでもありますが、具体例のない抽象論は読んでいて面白くなく、説得力も少ないですよね。最初はためらったのですが、書いているうちに、これも後輩たちには意味があると考え直しました。特に、前半の自治官僚だけにとどまらず、後半に内閣官僚になって視野を広げた経験は、珍しいと思います。

私が官僚になった昭和53年(1978)から、46年が経ちました。その間に、社会も行政も官僚も大きく変わりました。その頃のこと、そしてその後の変化を知らない若者に、少しでも役に立てばうれしいです。「古すぎる」と笑われるかもしれませんが。

靴磨きの指導を受ける

しばらく前のことです。通勤に履いている靴の一つの中敷きや紐が傷んできたので、近くの靴修理屋に持っていって、相談しました。店主とはなじみなので、「かなり傷んできたけど、まだ修理して使えますかね」と。

おじさん曰く「お客さん、人を相手にしているのでしょ。もう買い換えなさい」とのご宣託。私の職業は言ったことがないのですが。
傷んだ皮を指して、「どのような手入れをしていますか」と聞かれました。「いや~、ほとんどほったらかしですわ」と答えると、「液体の靴クリーム、スポンジがついた容器で塗っているのですか」と、図星の指摘。「塗り重ねて磨けばよいのでしょ」と言って、叱られました。
「女性の化粧と同じで、いったん古い化粧を落としてから、改めて塗るのです。そうしないと、汚れをすり込んでいることになります」
わかりやすい説明でした。「まずはクリーナーで汚れを落としてから、クリームを塗るのです」「こうすれば10年でも20年でも持ちます」

そういうことだったのか。この歳になるまで、知りませんでした。親から、「足もとを見られる」という言葉があるから、靴はきれいなものをはけと言われて、それは守ってきました。ただし手入れについては、「まあいいや」とずぼらを決め込んでいました。家の下駄箱を見たら、クリーナーもクリームもブラシもありました。ひょっとしたら、息子が置いていったものかもしれません。それで、教えられたことを実践しています。

知人の何人かに「あんた、靴をどのように磨いているの」と聞いたら、みんなきちんとやっていました。う~ん、私だけが、ずぼらだったんだ。
若いときは、数年で履きつぶせばよいわとも思っていました。料理屋に上がることも多く、きれいな靴を履くようには気をつけていましたが。秘書官などをすると、ゆっくりと紐を結んでいる時間はなく、紐靴は履けませんでした。服装とともに、無頓着でした。その後、服装や帽子には気を遣うようになったのですが、靴の手入れは盲点でした。反省とともに書いています。遅いわ。

本家の再活用9

このホームページで紹介してきた、明日香村にある本家の再活用。このたび、奈良県建築士会の「場を生むデザイン賞2023」最優秀賞に選ばれました。ありがとうございます。

この賞は、奈良県建築士会が「建築が主役ではなく、建築が背景となり地域の人々による等身大の活動と建築によって生まれる魅力的な場」を表彰します。かつては、景観デザイン賞といったようです。時代の変化によって、建物の意匠でなく、地域の人々の縁となる場、地域の人々が元気になる場へと考え方と対象を変えたようです。
このようなところでも、日本社会の成熟化、地域の活力低下が現れ、それへの対策を考えてくださっているのです。納得です。

受賞者は、伊藤立平建築設計事務所です。立派な事務所が関わってくださっていたのですね。
明日香村商工会「明日香スタンド」、「建て替えられる建物、3

電車の窓を開ける

爽やかな季節になったので、通勤の地下鉄や電車で、窓を開けるようにしてます。
新型コロナウイルス拡大期には、窓を開けることが推奨され、多くの窓が開けられていたのですが。最近は、ほとんどが閉まっています。混み合った車内では空気がよどむので、少し開ければ新鮮な空気が入ってきます。
開ける人が少ないのは、「面倒なことはしたくない」という風潮とも思えます。

先日まで暖房が入っていたのに、もう冷房が入っている電車があります。朝の出勤時間帯は、気温は20度前後です。車内は人が混んで暑くなりますが、窓を開ければ十分でしょう。地球に優しくないですね。

自撮りの顔写真

自撮りの顔写真を送ってくれる人がいます。見ると、何か変なのですよね。
魚眼レンズまたは広角レンズで撮ったように、顔がゆがんでいるのです。レンズに責任はなく、カメラと顔との距離が近くて、周囲がゆがむようです。簡単に言うと、目や鼻はしっかり映るのに、耳が映っていません。

本人たちが楽しむ分には、とやかく言う必要はありません。
証明書のようなものに使う顔写真も、自分であるいは知人にとってもらった写真を使うことが多くなりました。これも、ある程度離れて取らないと、自撮りの顔写真と同じようになりますよ。
人は見た目で判断されます。