投稿者アーカイブ:岡本全勝

官僚の役割、構想をつくる

2021年7月5日   岡本全勝

NHKウエッブサイトに、「自由で開かれたインド太平洋誕生秘話」(6月30日掲載)が、載っています。
自由で開かれたインド太平洋」は、中国の台頭を意識して、インド洋と太平洋を繋ぎ、アフリカとアジアを繋ぐことで国際社会の安定と繁栄の実現を目指す構想です。日本が提唱し、アメリカなども賛同しています。この構想を外務官僚が考え、総理が採用し、アメリカに働きかけた経緯が、記事で紹介されています。

日本の将来のために、広い視野で進むべき方向と、そのための対策を考える。そのためには、現状の分析と、今後の動きを予測する必要があります。予測だけでなく、目標に向かって何をすべきかを考えなければなりません。理想論だけでは実現しません。
構想を練ることは、重要な仕事であり、力量が試される仕事です。そして、その案を関係者に理解してもらい、採用してもらう必要があります。それは、やりがいのある仕事です。先日このホームページで紹介した、黒江・元防衛次官の防衛計画の見直しも同じです。
目の前の課題を片付けること、課題を見つけて対策を考えることとともに、構想を考えることは、官僚の重要な仕事です。

この記事では、その発案者である市川恵一・外務省北米局長(当時は総合政策局総務課長)が、取材に応じています。「現役の官僚が実名で取材に応じ、記事になるのは珍しいのではないか」と、この記事を教えてくれた人は付言していました。

紙の方が頭に入る

2021年7月5日   岡本全勝

7月1日の読売新聞解説欄、「デジタル教科書 消えぬ懸念…有識者会議第1次報告」に、紙に書かれたものとデジタル画面との特徴が表になって比較されています。

・・・国内外では、デジタル媒体に比べ、紙媒体が、文章の内容を深く理解するのに向くとの研究結果がでている。
イスラエルの小学5、6年生男女82人を対象にした研究(2018年発表)では、複数の文章を紙とコンピューターで読んで問題に解答したところ、紙の方が成績が良かった。一方、アンケートでは、約6割の子供がコンピューターで読むことを「好む」と答えた。
紙媒体の方が文章内容などの深い理解が得られるにもかかわらず、スマホなど手軽な手段で読みたがる傾向がみられる。

今年3月、東京大の酒井邦嘉教授(言語脳科学)の研究チームが、紙の手帳にスケジュールを書き留めると、電子機器よりも短時間で記憶できるとの研究結果を発表した。書いた内容を思い出す際の脳の活動も高まるという。酒井教授は、「紙の教科書やノートを使った学習の方が効果が高いとの根拠が示された」とする・・・

経済同友会大震災シンポジウムに登壇

2021年7月4日   岡本全勝

今日7月4日は、仙台で開かれた「全国経済同友会東日本大震災追悼シンポジウム」で基調講演をしました。全国各地の経済同友会の方が参加されました。

経済同友会は、このホームページでも紹介しているように、発災直後から10年にわたり、被災地の復興を支援してくださっています。会員から集めた多額の寄付金を、被災した実業高校の実習備品購入などに支援してくださいました。金銭支援だけでなく、人材育成にも協力してくださいました。「IPPO IPPO NIPPON プロジェクト

また、毎年被災地を訪れ、政府に向かって提言を出してくださいました。私も何度も同行し、現地で説明をしました。経済界のオピニオンリーダーが、復興に関心を持ち、理解してくださることは、ありがたいことです。よい意味での「世論工作」でしょうか。
今日は、そのお礼と、今後の期待をお話ししました。お世話になった方々とも、久しぶりにお会いでき、お礼を言うことができました。また、それ以外の話も聞くことができました。シンポジウムはオンラインでもできますが、それ以外の話は対面でないとやりにくいですね。

そのほかの討論でも、いろいろと勉強になる話がありました。被災した企業の直後の対応、そこでの気づきなど。いくら事前に備えても、想定外が起きます。その際に、社長が取るべき行動、現場が取るべき行動、そして現場が社長の指示を待たずに行動する社風など。今日勉強したことは、いずれ報告しましょう。

在宅勤務での職場への帰属意識は

2021年7月4日   岡本全勝

6月27日の読売新聞、松下慶太・関西大学教授の「コロナ後のテレワーク 働き方の価値観を変える」から。

・・・今後、テレワークやリモートワークは定着するのでしょうか。この1年余り、毎日出社することの非効率性やテレワークの有効性に多くの人が気づきました。もはや元に戻るとは考えにくく、従来のオフィス勤務とテレワークなどを組み合わせた「ハイブリッドワーク」が、デファクトスタンダード(事実上の標準)になるはずです。
その結果、オフィスには従来と違う機能と役割が生まれてくるでしょう。仕事をする場所ではなく、集まった仲間とコミュニケーションをとる場所です。企業にとって組織に対する愛着、帰属意識を育てていくことは大切で、対面やリアルが持つ力強さをオンラインでは代替できていません。ネット上に設けるバーチャル(仮想)オフィスもありますが、その中で組織への愛着を生み出せるか課題も多い状況です。

オフィスでの集まりには注意も必要です。実際に学生と話していて感じることですが、コロナ禍で対面のハードルが上がっています。200人の学生を集めて授業をするとなると、その価値がある話ができるかが問われます。この程度の話ならオンラインで十分だと思われる可能性があるのです。これまでは、「なぜオンラインでやるのか」の説明が必要でしたが、今は、「なぜ対面でやるのか」を説明する必要が出てきました。オフィスの集まりも、目的化してしまったら、意味がありません。
強調したいのは、同質性を保ちながらも、異分子との接触によるイノベーションを求めるには、固体と液体、気体を組み合わせたハイブリッド型が強みを発揮するということです・・・

国家と市民との関係、欧米と日本の違い

2021年7月3日   岡本全勝

6月26日の朝日新聞オピニオン欄、佐伯啓思先生の「対コロナ戦争」から。
・・・この1年半、私の印象に残ったことのひとつは、この事態に対する日本と欧米の反応の相違であった。都市のロックダウンや違反者への制裁なども含む強力な措置をとった欧米に対して、日本の「自粛要請」はかなり際立った対照を示していた。専門家の見解を聞き、世論に配慮し、経済界の意向を確かめ、国会で野党と論議をし、その上で「緊急事態宣言」を出す、というのが日本政府の対応である。しかもほぼ強制力を伴わない自粛の要請である・・・
・・・通常の場合には、政府の強権を批判し、個人の権利を強く唱える野党や多くのメディアが、今回のような「緊急の状態」を前にして、政府の「中途半端さ」を批判し、断固たる態度を取れと訴える。では、欧米のような強力な私権制限の権力を政府に与えるべきだというのかと思えば、そうではない。有効な対案は出てこない。私はあまり政治的な色分けは好まないが、便宜的にいえば、いわゆる「リベラル系」の政府批判にこの傾向を強く感じた・・・

・・・こういうところに、欧米の国家観もしくは「国家」と「市民」の関係が典型的に示されているように思われる。たとえば、西洋近代社会の思想的基礎を与えたとされ、日本でも一時期は戦後民主主義のバイブルのようにもみなされたルソーの社会契約論をみてみよう。彼はいう。自然状態では、人々は様々な意味で生命の危機にさらされる。そこで、ある契約を行って自らの生命を共同で防衛すべく社会を作った。それは、個人の自由がより高度の次元で実現できるような契約社会である。ということは、この社会が何らかの脅威に晒された場合、人々は、自らの生命・財産をこの社会に全て委ねて社会の共同防衛にあたらなければならない。ここに政治共同体としての国家が作られるが、国家とは、まずは生命や財産を共同で防衛する共同体なのである。

ルソーの社会契約論は西洋思想の中でも特異なものであり、歴史的にこのような契約などどこにもなかったが、それでもこの思想は、西洋における「国家」と「市民」の関係を典型的に示す論理となっている。市民は私的な権利を持つ。そのことは法的にも保障される。しかしその法を確保するために人々は共同で国家を創りだした。つまり政治的共同体を創出し、自らをそこに投げ入れた。したがって市民と国家の関係は二重になっている。一方で、市民の私的権利は国家の干渉から守られなければならない。しかし他方で、この国家(共同社会)の秩序が危機にさらされた時には、市民は最大限の公共精神を発揮して国家のために役立たなければならない・・・

・・・先に、私は、日本の「自粛要請」と欧米の「国家の強権」を対比したが、この「対比」の背後にある違いを見据えることは大事なことだと思う。善かれ悪しかれ、日本には、西洋の歴史伝統が生み出した国家意識はない。それはまた市民意識の欠落をも意味している。人間に脅威を与える「自然」との対決において「国家」という政治共同体を理解するような考えは日本にはまずない。国家という政治共同体は、日本ではほとんど自生的に生まれ、いつもそこにあるもので、それが「自然」との対決で作り出されたという意識はほとんどない。「自然」との対決とは西洋流にいえば「戦争」である。自然災害も、感染症も、他国の侵略も共同社会への脅威であり、それは「戦争」なのである・・・
原文をお読みください。