投稿者アーカイブ:岡本全勝

「世界は「関係」でできている」

2021年12月7日   岡本全勝

カルロ・ロヴェッリ著『世界は「関係」でできている: 美しくも過激な量子論』(2021年、NHK出版)を、本屋で見つけて読みました。
量子論の話なので、私には理解できないところもあると思いつつ、物理学以外の分野にも話が及んでいそうなので、挑戦しました。読みやすい文章と訳文なので読むことはできたのですが、やはりすべてを理解して納得するまでにはいたりませんでした。
新聞の書評欄で、相次いで取り上げられています。私と同じように「すべては理解できなかった」と書かれているものもあり、安心します。

「物理学以外の分野に」と書いたのは、次のような問題関心からです。
連載「公共を創る」でも書いているように、私たちが暮らしている社会は、人と人とのつながりでできています。施設や財物というモノも暮らして行くには必要なのですが、他人とのつながりがないと、暮らしていけません。家族、友達、知人、職場の同僚・・・。それは一緒に暮らす、困ったときに助けてもらうことであり、それがないとどんなにさみしいでしょう。
携帯電話や電子メールでしきりにやり取りしているのは、知識を得ること以上に、つながりを求めているからです。
宇宙から「人のつながりが見える」特殊な写真機で地上を写すと、一人ひとりがたくさんの人とつながっている線、そして全体では膨大な数の線が見えるでしょう。
他方で、仮設住宅や高齢者の一人暮らしに見えるように、孤立と孤独があります。
経済成長でモノの豊かさは達成しましたが、人とのつながりの安心は低下しました。孤独問題にどのように取り組むのか。それを考えています。この本は、そのような関心とは別の話でした。

あわせて、同じ著者による『すごい物理学講義』(2019年、河出文庫)も読みました。これは、分かりやすい物理学の解説書、全体像をつかむには良い本でした。

機能していない社外取締役

2021年12月7日   岡本全勝

声を上げない社風」の続きです。11月30日の朝日新聞「形ばかりのガバナンス改革 社外取締役、機能せず「お飾り」 相次ぐ企業不祥事

・・・みずほFGも三菱電機も東芝も、社外取締役が多数を占め、先進的なガバナンス体制といわれる「指名委員会等設置会社」だ。改正会社法により導入され約20年になるが、東証に上場する約3800社中、移行したのは約80社にとどまる。人事も報酬も監督も社外取締役を中心に進めるガバナンスの「優等生」に不祥事が目立つのはなぜだろうか。
みずほの社外取締役には元最高裁判事や元大手監査法人トップ、元富士通社長などそうそうたる顔ぶれがそろう。三菱電機や東芝も同様だ。繰り返す不祥事をみれば、金看板はただの「お飾り」になっていたといわれても仕方がない。
社長や業務執行を兼ねる取締役を監督するのが社外取締役たちの役目だが、社内にネットワークがあるわけではない。生え抜きの社長や会長らに情報が集まり、社外取締役との間に「情報格差」が生まれるともいわれる。むしろ、金看板は、社長たちの考えの追認機関となり、監督機能をきちんと果たしていないのではないか。

社外取締役の起用を求める2015年のコーポレートガバナンス・コードの導入で、独立社外取締役が全取締役の3分の1以上を占める東証1部上場企業は7割を超えた。ただ単なる数合わせでは意味がない。不祥事があった場合には社外取締役にも報酬返上を促すなど、企業統治の要として責任を厳しく問うべきだ。

内輪の論理が強くなり過ぎると、社会が企業に期待するものと衝突しかねない。その利害関係を調整するのもガバナンスの大切な役割だ。カーボンニュートラルなどの環境対策をはじめ、賃上げや投資の好循環、労働者の人権問題など、企業には持続的な成長だけではなく、より多くの社会への還元が求められるようになった。形ばかりのガバナンスを続けているようならば、やがて社会への「裏切り」を招くことにもなりかねない・・・

管理職、経営者、指導者

2021年12月6日   岡本全勝

日本のこの30年間の経済の低迷、生産性が伸びない原因は、管理職が管理職の仕事をしていないからだと、私は考えています。会社や役所では、これまで管理職教育をやってこなかったのです。

発展途上時代は、西欧という手本があり、それに向かって努力すれば良かったのです。右肩上がりなので、それぞれが頑張れば、全体の成績が上がりました。部分最適が全体最適になったのです。その時代の管理職は、経営者から与えられた、あるいは与えられなくても、所管事業を増やすことに努め、方向性を職員に共有すれば、前進しました。
ところが、手本がなくなり成長が止まると、方向性を決めることと、優先順位をつけ劣る部分を縮小する必要が出てきました。組織としての大きな方向性を決めることは、経営者の仕事です。それに従って所管業務の方向を決め、優先順位をつけることが管理職の役割です。ところが、経営者も管理職もその教育を受けていませんでした。
「業務を縮小する、やめる」「部下の評価で差をつける」ことができないのです。下から決裁を上げる稟議制、全員一致のための根回しに慣れているので、部下の少々の反対を押し切ってでも進める方法ができないのです。

社員や職員の採用と養成にも、問題があります。戦後の日本の組織では、なるべく差をつけず、平等扱いをすることが求められました。社員は、幹部候補(かつては大卒)、主力となる社員(その他の男性社員)、女性という、3経路で採用され昇進しました。
幹部候補を一括採用して、昇進の過程で選抜して行きます。確かにこの方法は、優秀な社員を選ぶには良い方法であり、多くの社員を長い間頑張らせるには良い方法です。しかし、管理職の階梯にも大きな差があります。さらにそこから経営者層を選ぶとすると、問題です。

管理職と経営者とは、求められるものが違います。より上位の職に就かせる幹部候補には、早い段階からそれなりの教育をして、本人にも自覚と責任を持たせる必要があります。同期入社の社員の愚痴を聞くのは良いのですが、一緒になって愚痴を言っていてはいけません。
たくさんの幹部候補を採用しそこから幹部を選抜すること、幹部候補とその他の職員にあまり差をつけないことは「平等」ですが、ある目的を追求する組織にはふさわしくありません。背負っている責任と、必要な能力が違うのです。
多くの幹部候補は入社時点あるいは早い時点で、自分がどの位置にいるかを理解しています。もちろん、後ろの方にいることを認めたくありませんが。
もっと明確に、幹部候補とその他の職員、幹部候補の中でも階梯によって、採用、昇進、教育に差をつける必要があります。
さらに経営者と指導者は違います。この話は、別の機会に書きましょう。

声を上げない社風

2021年12月6日   岡本全勝

11月30日の朝日新聞経済面、堀篭俊材・編集委員の「形ばかりのガバナンス改革 社外取締役、機能せず「お飾り」 相次ぐ企業不祥事」から。
・・・みずほフィナンシャルグループ(FG)が繰り返したシステム障害をめぐり、金融庁は26日、経営責任を明確にするように業務改善命令を出した。みずほFG以外にも、三菱電機、東芝と最近不祥事が発覚した大手企業は、いずれも見た目は先進的なガバナンス(企業統治)体制だが、その中身が伴っていなかったことを露呈した。形だけのガバナンス改革はもう限界なのではないか・・・

・・・今回のシステム障害は事後処理のまずさを考えると「人災」といえる。その原因について、6月に出た第三者委員会の報告書は「危機対応や顧客目線の弱さ」などをあげ、それが改善されない背景に「失点を恐れ自発的な行動をとらない企業風土があった」と指摘している。みずほは2002年と11年にも大規模なシステム障害を起こしているが、顧客よりも身内の論理や自分の立場を優先する体質は改まらなかった。

声をあげようとしない企業風土は、各地の製作所や工場で検査不正が発覚した三菱電機でも同じだ。
「『言ったもん負け』の文化がある」。鉄道向け空調機器などで30年以上も不正が続いた長崎製作所では調査委員会の報告書に従業員が証言した。社内で改善を提案すると、言い出した者が取りまとめ役になるために公の場では沈黙することが当たり前だったという。
東芝の場合は「お上頼み」の体質が明らかになり、取締役会の独立性そのものが問われた。株主総会の運営をめぐり経営陣が株主に圧力をかけた問題で、経済産業省の関与が指摘された。調査委の報告書は「行政に過度に依存せず自戒して行動することが極めて重要だ」としている・・・
この項続く。

全国町村会100年

2021年12月5日   岡本全勝

全国町村会が創立100年を迎えました。機関誌「町村週報」が特集号を組んでいます。そこに、大森 彌・東京大学名誉教授の「全国町村会と外部研究者とのコラボレーション」、神野 直彦・東京大学名誉教授の「全国町村会100年の歩みへの讃歌」、生源寺 眞一・福島大学食農学類長・東京大学名誉教授の「町村とともに歩んで」が載っています。貴重な記録であり、考えることが多いです。ぜひお読みください。

生源寺先生の発言から。
・・・いささか荒っぽい話をお許し下さい。日欧の農村空間は、第1に自然の産業的利用の空間、典型的には農業や林業の空間であり、第2に非農家住民を含んだコミュニティを支える居住環境としての空間であり、さらに第3に外部からのアクセスが容易で人々がエンジョイできる自然空間、ヨーロッパ流に表現すればグリーンツーリズムの空間でもあります。このうち居住環境としての空間には、地域に密着した関連産業の立地も含まれると言ってよいでしょう。そして、このような空間利用の3つのディメンションが重なり合う構造が日欧の共通項だというわけです。 少し先走って申し上げるならば、人間社会の長い歴史を有する日本や西欧においては、未開発の空間は乏しく、3つの目的での利用を同一空間に重ねるしかなかったのです。
この点については、アメリカ中西部や豪州のような歴史の浅い地域との比較を通じて、なるほどと自分なりに得心した次第です・・・

・・・さらに荒っぽい話で恐縮ですが、農村を広くカバーする自治体、すなわち町や村の行政には農村空間の三重構造による特徴と苦労が伴っています。限られた空間を複数の目的に合理的に振り分けることが求められているからです。ときには、空間をある目的に活用することが隣接する別の目的の空間利用にマイナスに作用することもあるでしょう。難しい取組なのです。 「二兎を追う者は一兎をも得ず」とは古くからの言い伝えですが、産業空間、居住空間、アクセス空間の三兎を追って、高いレベルで三兎をバランスよく確保することが求められているわけです・・・