嶋田副市長は、『ダイヤモンド・オンライン』3月25日付けに「大震災2年目の今を見つめて」に、行政と住民をつなぐNPOの役割(3月25日の記事)についても、次のように紹介しています。
・・コミュニティ形成については、「RCF」という団体と協力し、外部の第三者に市内に居住していただき、「釜援隊」と称して町内会やNPOにおける会議のファシリテート(議事進行役)や団体間の情報流通、行政を含む関係者間の「翻訳」に従事し、住民、NPO、行政などの橋渡しをしていただこうと考えています・・
前述の関係者間の「翻訳」とは、次のような意味です。住民の方に対する行政の説明が極めて厳密かつ正確であるがゆえにわかりづらい、といった例や、関係者間で言葉の意味がまったく違う、という例が多く、これをつなげていく必要があると考えています。
前者については、例えば住民説明会において、市の担当者から「津波復興拠点整備事業の効果促進事業を活用し被災した公益施設等の集約を図る」と説明したものの、意味が伝わらず、ご理解いただけていないという意味で説明になっていないとします。
そこで、後日行われる各集落での会合にて、「釜援隊」の方から、「市は、行政のお金で駐車場と図書館を再建するが、1ヵ所にまとめ、1階を駐車場に、2階以上を図書館にしてはどうかと考えている」と解説してもらうことで、住民の方々のイメージも湧き、賛否や意見が明確になるといったことです。ともすれば行政はポイントを絞った感覚的な説明が不得手であるなか、伝え方の工夫は重要であると感じています・・
投稿者アーカイブ:岡本全勝
目で見る「進む復旧工事」
平成24年度に建設した復興公営住宅のうち、東北4県で161戸が完成し、3月30日と4月1日に入居可能になります。今日、写真付きでそれをお知らせしました。仮設住宅で不便な思いをされている被災者にとっては、住宅への入居が一番待たれることです。各地で工事が進んでいるので、次々と住宅が完成します。
写真を見ていただくとわかるように、公営住宅といっても、よくあるコンクリートのアパート形式ばかりではありません。木造の戸建てや長屋形式など、地域にふさわしい建築になっています。
数字や表で見せることも重要ですが、写真の方がわかりやすいですね。
また、公営住宅を含め、インフラの復旧状況が、一目でわかるように、ホームページを作り替えました。復興庁のホームページのトップページ上に、「ここで見える復旧・復興状況」というバナーがあります。ここをクリックしてもらうと、「復旧・復興の進捗状況ポータルページ」が出ます。そこから、各地域の住宅やインフラの復旧工程がわかるようになっています。また、「最近の着工式・完工式一覧 」をクリックすると、どんどん工事が進んでいる様子がわかります。
緑色の○の中に「復」の字が入っている印が、共通の目印です。
もちろん、ここまで来るには、住民の合意、計画づくり、用地の買収など、「下ごしらえ」の準備が必要だったのです。これまで、とかく「遅い」と批判を受けていましたが、それなりの準備に時間がかかったのです。3年目に入って、工事が目に見えたということです。
安定志向の若者
3月27日の日経新聞に、日米中韓4か国の高校生を対象とした、将来(進路と職業)についての調査結果が載っていました。財産法人、日本青少年研究所「高校生の進路と職業意識に関する調査」。
それによると、「起業したい」は、日本では6%、中国が31%、アメリカが19%、韓国が12%です。
日本の高校生の安定志向は、次のような項目でも明らかです。日本の高校生の志望第1位は公務員(20%)、第2位が教師(18%)、第3位が建築家やデザイナー(13%)です。アメリカでは、医師(30%)、建築家やデザイナー(24%)、スポーツ選手や俳優(19%)。中国では、起業家(31%)、経営者や管理職(27%)、建築家やデザイナー(26%)。韓国では、建築家やデザイナー(30%)、教師(28%)、経営者や管理職(27%)です。
「社会的に偉くなりたい」は、日本45%、中国89%、アメリカと韓国70%です。
私も公務員ですから、日本の若者を批判できませんが。
ストリートビューでみる浪江町
NHKニュースなどで取り上げられていたので、ご存じの方も多いでしょう。福島県浪江町の現状が、グーグルのストリートビューで、見ることができるようになりました。帰還できない、また立ち入りの制限されている町を、見ることができます。グーグル社の協力によるものです。
福島県飯舘村、ふるさと1億円の活用
読売新聞「時代の証言者」今月は、福島県飯舘村の菅野典雄村長です。寒村の条件の下、酪農を志し、他方で厚い志を持っておられたことが、回顧録として記されています。
飯舘村は、全村避難を余儀なくされています。3.11までは、充実した幸せな生活を送っておられました。最初に村長にお会いした時、「しっかりされた村長だな」と印象を持ちました。その後も、何度もご一緒していますが、私の尊敬する村長の一人です。
村長は、「村が一丸となって帰るのだ」という信念を、当初から持ち続けておられます。この連載には、その背景が、書かれています。例えば、「村おこし」のために、仮装大会の他、さまざまな取り組みをされたようです。3月25日の「世界から村を見なおす」に、次のような話が紹介されています。
村では、若妻たちをヨーロッパに派遣する企画を行いました。「若妻の翼事業」です。引き続き、「嫁・姑、キムチの旅」「心の翼、家族物語」と、若嫁から始まって、年配婦人、親子、おじいちゃんと孫が、海外旅行に行きます。それも、農繁期に行くことで、ありがたさがわかるようにという配慮もしてです。その人たちが、その後の村づくりの人材となります。すばらしいですね。
さらに、この企画が実現できたのは、竹下内閣が「ふるさと創生事業」として配った、「ふるさと1億円」があったからだそうです。
・・・あの資金は、金塊を買うなどの自治体もあって「地方の無駄遣いの温床」と批判されましたが、我々の村では、その後の地域づくりに大変役に立ったのです・・
「ふるさと1億円」と聞いても、若い人は知らないでしょうね。昭和63年度(1988年度)の話ですから。四半世紀前の話です。このように役に立って、評価された自治体もあったのです。1億円があったとき、それを生かすも無駄にするのも、首長の識見です。
当時これを、自治省交付税課で担当した補佐が、椎川忍先輩でした。私はその後を引き継いで、平成2年から、地方債と交付税を組み合わせた「地域づくり推進事業」を担当しました。その頃の考え方は、『地方交付税-仕組と機能』に詳しく書きました。