4月1日の読売新聞文化欄、三谷太一郎先生への『学問は現実にいかに関わるか』(2013年、東京大学出版会)についてのインタビューから。
・・日本には、江戸末期に「社中」と呼ばれる知的共同体が全国各地にありました。一つひとつは小さく、そのリーダーもそれほどの知的巨人ではないけれども、そこで人々は学び、盛んに議論した。それがまた「処士横議」という、幕府や藩を超えた横のコミュニケーションを生み、日本近代の前提となりました・・
大正から戦後の一時期までは、『中央公論』などの総合雑誌が日本の知的共同体を作っていました。その中には学者も政治家も文学者もいて、政治学者でいえば吉野作造、南原繁、丸山真男など、アマをリードするプロの知識人もそこから生まれました。昨今の総合雑誌の衰退は、こうした知的共同体の弱体化を意味し、大きな損失です・・
さらに今考えるべきは、国境を超えた知的共同体を作っていくことでしょう・・
投稿者アーカイブ:岡本全勝
制度をつくった場合の成果、「やりました」は成果ではない
役所が陥りがちな失敗に、仕事の量や成果を、インプットで計ることがあります。例えば、予算が増えたことをもって良くやったと評価されたり、残業時間が多いことで満足するとかです。かつての行政の評価が、予算に偏っていたことは、『新地方自治入門』p247で述べました。
しかし、公務員は、まだインプットで計る場面が多いようです。最近になって気がつきました。部下職員と話していると、彼は自分のやっていること、やったことを「アウトプット」と考えています。しかし、私や住民からすると、それは「インプット」なのです。
例えば、復興のための施策(予算や制度)をつくります。かつては、これが「成果」でした。最近は、職員も、さすがにこれをもって、「成果」「アウトプット」だとは言いません。その予算で何か所事業が進んだか、その制度で何か所認可をしたかを、成果と言います。彼にとっては、そうでしょう。
しかし、被災地では、その予算が付けられた復旧事業で、どれだけ生活が再建したか、街の賑わいが戻ったかが、「成果」です。予算が使われた事業の数や認可されたか所数は、現地では「インプット」です。
霞ヶ関で自分の仕事の範囲で「成果」と考えるか、現地での実績まで含めて「成果」を考えるかの違いです。
課長補佐が法律を1本作ったら、それは彼にとって、大きな成果です。しかし、課長や局長からすると、課長補佐のその仕事を高く評価しつつも、その法律によって現場でどれだけの効果が出たかを評価しなければなりません。
国会議員と話しているときに、各省の役人が「これだけやりました」と誇るのですが、議員は納得しません。「君たちは、やっている、やっていると言うが、現地では進んでいないではないか」と。そのすれ違いは、ここにあります。
国会答弁
今日4月3日は、衆議院復興特別委員会で、福島特措法の一部改正法案の審議がありました。たくさんの質問通告があったので、昨晩は、24時過ぎまで、職場で答弁案作りに励みました。家に帰ったときは、夜も遅かったので、風呂に入ってバタンキュー。よって、4月2日は、このホームページを加筆できませんでした。
岡本統括官への「政府参考人答弁」要求が、5人の質疑者から合計12問出ていたのですが、実際は6人の方から約10問質問があり、答弁しました。「約10問」というのは、予定にない質問がいくつか出て、何問答えたか覚えていないのです。速記録ができれば、わかりますが。
これだけの答弁をするのは、私も、国会では初めての経験です。県議会では、一人で何でも答弁して、あきれられて(嫌われて)いました(苦笑)。予定されていない質疑者からの質問もありましたが、他にどなたも手を挙げないので、委員長と大臣の顔を見つつ、手を挙げて答弁しました。「岡本統括官は、答弁が好きだね」とは、ある議員の評です。はい。
今日の委員会は、衆議院第1委員会室。予算委員会などが開かれる最も格式ある部屋でした。普通の委員会室より、緊張しますね。
法案は、全会派一致で賛成してもらえました。
春の嵐
今日の東京は、強い雨と風で大変でした。終わりかけていた桜は、散ったでしょうね。
我が家の椿も、たくさんの花を咲かせましたが、終わりのようです。鉢植えの八重桜が、今年も花を咲かせてくれました。手入れが悪く、1本の幹は枯れてしまったのですが、もう1本が生き残ったようです。
プランターのチューリップは、たくさんつぼみをつけています。
発災2年を振り返る論考
新聞の論壇時評で紹介されていたので、お読みになった方もおられると思います。
『中央公論』4月号に、五百旗頭真・前復興推進委員会委員長が、「東北の大地に復興の槌音が鳴り響くとき」を書いておられます。1923年の関東大震災、1995年の阪神・淡路大震災からの復興と、今回の復興の進め方の違いが書かれています。
また、『Voice』4月号に、夏目幸明さん(ジャーナリスト)が、「震災から2年、記憶すべきあの企業の対応」を書いています。発災直後の復旧と救援に際しての、東日本高速道路会社、ヤマト運輸(クロネコヤマト)、キリンビールの活躍を紹介しています。それぞれ、本社や上司の指示を待つことなく、現場で知恵を出して復旧を急ぎ、被災者支援を行った事例を検証しています。想定外のことが起きた時、マニュアルがないとき、どのように職員が判断したかです。日頃の「社風」が、大きな要素だったようです。
今回の大震災での特徴の一つが、企業の社会的貢献です。そして、お金や無償の物資の支援とともに、本業による支援が大きかったです。