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原発事故の真相と東電対策

大鹿靖明著『メルトダウン―ドキュメント福島第一原発事故』(2013年、講談社文庫)を読みました。著者は朝日新聞記者で、元になった単行本は2012年1月に発行され、講談社ノンフィクション賞を受賞しています。この文庫本は、その後の動きも取り入れた増補版です。
単行本が昨年1月に出たときは、知りませんでした。私の所管は、被災者の支援と被災地の復興で、原発事故への対処は所管外でした。この2年間に、大震災関連の本は山のように出版され、とても目を通すことはできません。
この本は、読み応えがありました。お勧めです。原発事故(メルトダウン、水素爆発)時の東電と政府の対応、その後の東電の救済、脱原発の動きと反対の動きが、詳細に書かれています。主たる舞台は、第一原発、官邸、東電本社です。主役は、原発所長、東電幹部、官邸幹部、経産省幹部です。

官僚も実名で出てきます。公表資料とともに関係者の証言に基づいていて、それぞれの出典や情報源が書かれています。匿名のものもあります。良くこれだけ、証言を集めたものです。これだけも証言をした職員がいることに、驚きます。第一級の政府論、行政論でしょう。もちろん、当事者は反論したいこともあるでしょうが。
文庫本といっても、600ページもの大部です。調査報告書などは取っつきにくいですが、この本はドキュメンタリーなので読みやすいです。

私たち(被災者生活支援チーム)が、47万人に上る被災者支援に力を入れていたときに、政府の別のところでは、このようなことが行われていたのですね。近くにいても、知らないものです。
今回の大震災は、地震津波災害と原発事故という、全く別の災害を含んでいます。地震津波災害は、津波が去ったときには災害自体は終わっていて、そこから救助と復旧が始まります。私たちが、これに取り組みました。
原発事故は、放射能汚染が残っていて、津波にたとえれば、まだ水が引いていないのです。避難された方のお世話は、地震津波災害と同様に、被災者生活支援チームが引き受けました。しかし、被災地の復旧については、復旧の前に、原子炉の安定、賠償、除染が必要です。そして、避難が解除されて初めて、住民が帰還でき復旧が本格化できるのです。避難解除は、まだ一部でしかできていません。
政府の災害対策本部も、地震津波と原発事故の2つに分かれています。原発事故の収束については、こちら

知的共同体の衰退

4月1日の読売新聞文化欄、三谷太一郎先生への『学問は現実にいかに関わるか』(2013年、東京大学出版会)についてのインタビューから。
・・日本には、江戸末期に「社中」と呼ばれる知的共同体が全国各地にありました。一つひとつは小さく、そのリーダーもそれほどの知的巨人ではないけれども、そこで人々は学び、盛んに議論した。それがまた「処士横議」という、幕府や藩を超えた横のコミュニケーションを生み、日本近代の前提となりました・・
大正から戦後の一時期までは、『中央公論』などの総合雑誌が日本の知的共同体を作っていました。その中には学者も政治家も文学者もいて、政治学者でいえば吉野作造、南原繁、丸山真男など、アマをリードするプロの知識人もそこから生まれました。昨今の総合雑誌の衰退は、こうした知的共同体の弱体化を意味し、大きな損失です・・
さらに今考えるべきは、国境を超えた知的共同体を作っていくことでしょう・・

制度をつくった場合の成果、「やりました」は成果ではない

役所が陥りがちな失敗に、仕事の量や成果を、インプットで計ることがあります。例えば、予算が増えたことをもって良くやったと評価されたり、残業時間が多いことで満足するとかです。かつての行政の評価が、予算に偏っていたことは、『新地方自治入門』p247で述べました。
しかし、公務員は、まだインプットで計る場面が多いようです。最近になって気がつきました。部下職員と話していると、彼は自分のやっていること、やったことを「アウトプット」と考えています。しかし、私や住民からすると、それは「インプット」なのです。
例えば、復興のための施策(予算や制度)をつくります。かつては、これが「成果」でした。最近は、職員も、さすがにこれをもって、「成果」「アウトプット」だとは言いません。その予算で何か所事業が進んだか、その制度で何か所認可をしたかを、成果と言います。彼にとっては、そうでしょう。
しかし、被災地では、その予算が付けられた復旧事業で、どれだけ生活が再建したか、街の賑わいが戻ったかが、「成果」です。予算が使われた事業の数や認可されたか所数は、現地では「インプット」です。
霞ヶ関で自分の仕事の範囲で「成果」と考えるか、現地での実績まで含めて「成果」を考えるかの違いです。

課長補佐が法律を1本作ったら、それは彼にとって、大きな成果です。しかし、課長や局長からすると、課長補佐のその仕事を高く評価しつつも、その法律によって現場でどれだけの効果が出たかを評価しなければなりません。
国会議員と話しているときに、各省の役人が「これだけやりました」と誇るのですが、議員は納得しません。「君たちは、やっている、やっていると言うが、現地では進んでいないではないか」と。そのすれ違いは、ここにあります。

国会答弁

今日4月3日は、衆議院復興特別委員会で、福島特措法の一部改正法案の審議がありました。たくさんの質問通告があったので、昨晩は、24時過ぎまで、職場で答弁案作りに励みました。家に帰ったときは、夜も遅かったので、風呂に入ってバタンキュー。よって、4月2日は、このホームページを加筆できませんでした。
岡本統括官への「政府参考人答弁」要求が、5人の質疑者から合計12問出ていたのですが、実際は6人の方から約10問質問があり、答弁しました。「約10問」というのは、予定にない質問がいくつか出て、何問答えたか覚えていないのです。速記録ができれば、わかりますが。
これだけの答弁をするのは、私も、国会では初めての経験です。県議会では、一人で何でも答弁して、あきれられて(嫌われて)いました(苦笑)。予定されていない質疑者からの質問もありましたが、他にどなたも手を挙げないので、委員長と大臣の顔を見つつ、手を挙げて答弁しました。「岡本統括官は、答弁が好きだね」とは、ある議員の評です。はい。
今日の委員会は、衆議院第1委員会室。予算委員会などが開かれる最も格式ある部屋でした。普通の委員会室より、緊張しますね。
法案は、全会派一致で賛成してもらえました。

春の嵐

今日の東京は、強い雨と風で大変でした。終わりかけていた桜は、散ったでしょうね。
我が家の椿も、たくさんの花を咲かせましたが、終わりのようです。鉢植えの八重桜が、今年も花を咲かせてくれました。手入れが悪く、1本の幹は枯れてしまったのですが、もう1本が生き残ったようです。
プランターのチューリップは、たくさんつぼみをつけています。