投稿者アーカイブ:岡本全勝

復興15年での振り返りなど

2026年3月15日   岡本全勝

今年の3月は東日本大震災から15年ということで、いくつか取材を受けました。ここに整理しておきます。

1月31日 福島民友新聞「衆議院選ふくしま 識者の考え 復興・創生」「1.6兆円の第3期予算 実情に沿う活用重要
3月9日 共同通信による配信記事
3月12日 NHKスペシャル 「わたしたちの“復興” 震災15年・当事者たちの告白
3月14日 朝日新聞社説「津波被災地の復興 一人ひとりの歩みをより前へ
3月14日 朝日新聞ウェッブ版「「仮設住宅ができても暮らせません」 官僚を動かした被災者の言葉

参考「復興10年での振り返りなど

円の実力、ピークの3分の1

2026年3月15日   岡本全勝

2月21日の日経新聞に「円の「実力」ピークの3分の1 最低を更新、購買力の低下止まらず」が載っていました。

・・・日本の対外的な購買力の低下が止まらない。円の総合的な実力を示す指数は変動相場制移行後の安値を更新し、ピークを付けた31年前の3分の1の水準に沈む。「失われた30年」と呼ばれた長期間に及ぶ経済の落ち込みや低金利が背景にある。円の価値回復には、利上げにも耐えられるような経済の成長力を取り戻すことが重要になる。

国際決済銀行(BIS)の20日までの発表によると、2026年1月時点の実質実効為替レートは67.73。1973年に変動相場制に移行して以降で最も安い水準となった・・・
・・・円の実質実効レートが最も高かったのは1995年4月(193.95)で、それと比べるとおよそ3分の1に縮んだ・・・
・・・バブル崩壊後長期にわたった日本経済の低迷が大きな要因の一つだ・・・

朝日新聞に出ました

2026年3月14日   岡本全勝

今朝3月14日の朝日新聞社説「津波被災地の復興 一人ひとりの歩みをより前へ」に、私の発言が引用されました。
・・・発災直後から復興に向け事務方の陣頭指揮をとった岡本全勝・元復興庁事務次官は振り返る。「人口減少下の復興という課題が顕在化した災害だった。住宅の整備だけではまちは戻らないと痛感した」
被災地に出向き、商店に加え働く場づくりが必要と改めて気づき、これまでの国のルールにとらわれない産業支援策も考えた。一方で、早く安全なまちにと先行した巨大な防潮堤などインフラの復元が、まちの復旧と切り離されてしまったと悔やむ・・・

また、朝日新聞ウェッブ版に、「「仮設住宅ができても暮らせません」 官僚を動かした被災者の言葉」というインタビューが載りました。一部を紹介します。
・・・東日本大震災の発生直後、霞が関に突然、呼び戻された官僚がいた。自民党の麻生政権で秘書官を務めた総務官僚の岡本全勝(まさかつ)氏(71)だ。民主党への政権交代後、自治大学校の校長に就任していたが、震災対応を命じられた。復興に向けて、裏方として陣頭指揮をとった岡本氏に、人口減少が進む日本の災害対応のあるべき姿を聞いた。

―東日本大震災は、政府の復興の考えを大きく変えたと言われています。
「一番の成果は、復興の哲学を『国土の復旧』から『暮らしの再建』へ転換したことです。発災当初は、道路や住宅などインフラを直せば復興は終わると思っていました。しかし、仮設住宅がほぼ完成した半年後、『これで一段落ですね』と地元の人に言ったら、『仮設ができても暮らせません』と言われました」
「避難所では生活物資が無償で提供されますが、仮設住宅に入ると食事も日用品も自分で調達しなければなりません。ところが、商店街は流され、仕事もない。そこで、初めて仮設住宅を作っただけではまちは戻らない、商店と『働く場所』が必要だと痛感しました」

―それまでの災害対応では、なかった考えでした。
「東日本大震災は、人口減少が進む過疎地域で起きた、初めての巨大災害でした。阪神・淡路大震災は都市部で起きましたから、道路と住宅を直せば人は戻った。しかし、あのときはそうはいかなかった。人口減少下の復興という課題が、顕在化した災害だったと言えます」

―一方で、人口や経済規模に比して過大な復旧・復興となった地域があったのではという指摘もあります。
「大きく三つの問題がありました。一つは、防潮堤や堤防などのインフラの復元が、まちの復旧と切り離されて先行したこと。二つ目は、人口減少を前提としたまちづくりが十分にできなかったこと。三つ目は、小さな集落を個別に復旧してしまったことです。漁業を営む住民たちが、漁港の近くの高台に集落を移すケースが少なくありませんでしたが、近くに商店や学校、病院はありません。そういう集落は不便ですし、30年後に住む人がいなくなる可能性があります」・・・

職場飲み会の是非

2026年3月14日   岡本全勝

2月20日の読売新聞に「職場飲み会って必要?」が載っていました。

・・・忘年会に新年会、花見の後は暑気払い……。職場の上司や同僚と良好な関係を築くために行われてきた飲み会が減っています。コロナ禍に加え、働き方や価値観の多様化が背景にありますが、一体感や団結力の向上に役立つとの意見も。「飲みニケーション」は必要と思いますか。

インターネット広告会社「ユニアド」(東京都渋谷区)は創業5年目の2019年、有志での集まりを除いて会社の飲み会行事を全面禁止しました。「仕事に必要ではなく、社員の負担軽減にもなる」。同社の中釜啓太社長(39)は狙いをそう説明します。
中釜さんは20歳代の頃、当時働いていた会社で、上司からの飲み会の誘いを断れなかったり、酒席でのマナーに欠けていないか気をもんだりした経験があります。若い社員に同じ思いをさせたくなくて、禁止を決めたそうです。
ユニアド社では普段から業務での連絡を密に取っており、社員同士のコミュニケーションは良好といいます。中釜さんは「飲み会が苦手な学生も入社を希望してもらえるし、誰もが働きやすい職場づくりができている」と話します。
不動産大手「オープンハウスグループ」(千代田区)も社内ルールで原則「飲み会禁止」を掲げます。広報担当者によると、戸建て住宅やマンションを売るのに日夜多忙な社員にとって「同僚との酒席は愚痴や不満を言い合う場になりがちで、業務の役に立たない」との考えからで、社員からは「時間やお金を自己成長のために使えるので良い」といった声が出ています・・・
・・・東京大の川口大司教授(経済学)のチームは日本、韓国、台湾で働く計3500人の男性会社員らを対象に、酒が飲めるかどうかと、実際の収入や労働時間の関係を調べました。その結果、酒が飲めるからと言って収入が増えるわけではないとの結論に至りました・・・

・・・「管理職は積極的に部下との飲み会を設けるべきだ」。中小企業向けコンサルティング会社「武蔵野」(東京都小金井市)の小山昇社長(77)はそう持論を語ります。
同社では、年間約3000万円を社内懇親会、つまり飲み会の経費に割いています。日程は余裕を持って約1か月前に設定し、参加者には業務として「残業代」を支給。社員同士の絆が強くなり、おかげで中途退職者が減ったといいます。小山さんは「懇親会で上司と部下の心理的な距離が近づけば、職場の問題点も見えてくる」と強調します。
「深い人間関係を築くのが簡単で、得られるものは大きい」。飲み会への積極的な参加を勧めるのは、営業コンサルタントの菊原智明さん(53)です。ハウスメーカーの営業マンだった20~30歳代の頃、飲み会によく出たという菊原さんは、上司にメンタル面の悩みを聞いてもらったほか、普段は接点のない社員とも交流し、仕事のサポートを受けることができたそうです・・・

・・・会社の飲み会と言えば、居酒屋で夜遅くまで上司に付き合うイメージがあるでしょう。今では、こんな「従来型」を敬遠する人も増えているようです。九州大学都市研究センターが20歳以上の会社員7500人を対象に「好ましい飲み会とは何か」を調べたところ、「参加・不参加の自由度が高い」が最も多く、男性は12%、女性は17%がそう回答。また、「開催時間が適切(早い・短いなど)」も3位に入り、男性は10%、女性は12%が挙げました・・・
・・・明治大の堀田秀吾教授(コミュニケーション論)は、飲み会について〈1〉素の自分を見せ、他人との関係が強固になる〈2〉コミュニケーション力が鍛えられる〈3〉職場の雰囲気や作業効率の向上につながる――と利点を挙げます。堀田さんは「飲み会は日本の企業文化では必要な要素で、各企業は存続に知恵を絞ってほしい」と話しています・・・

図表がついています。2019年に忘年会と新年会を実施したのが78%、しないのが22%でした。コロナの時期は実施せず、2025年では実施するが57%、しないが43%です。

連載「公共を創る」第252回

2026年3月13日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第252回「政府の役割の再定義ー求められる将来の日本を考えた政策議論」が発行されました。社会の未来を考え、つくり上げていく主体と方法について議論しています。前回までで、報道機関、非営利団体、研究者、企業、労働者団体への期待を述べてきました。

社会の未来に関して議論するに当たっては、一番の責任者は政治家です。この30年間の社会の停滞は、政治の議論の中での問題の設定を間違っていたことが最大の理由だと考えています。この国の将来像を示すことは、政治家の役割です。目の前にある無駄の撲滅にばかり取り組み、小さな政府を提唱しているだけでは、夢のある未来は想像できません。
政治主導が十分でないのは、「官僚主導」の負の遺産(代償)とも見ることができます。日本の政治は長く「官僚主導」(実際は与党との協働)が続いたこと、政治家が官僚に依存していたことから、その転換は順調ではありません。官僚主導という「この国のかたち」は、簡単には壊れないのです。省庁再編から25年が経つ今でも、官僚主導の時代を引きずっています。

議論の仕方についても、触れておきました。
異なる意見の人たちが考えをぶつけ合うだけでなく、将来の社会に向かって、互いが納得する結論を得ることが必要です。国会や地方の議会は、本来政治の議論の場ですが、決して成功してはいません。国会では、本会議にしろ委員会にしろ、多くの場合は、議員が政府の考え方を問い、その際に自説を述べることが多いのですが、それ以上に議論が深まりません。
そもそも議会や委員会などの場は、公開され現在進行で批判や評価がなされる場です。公開の場では、発言者、特に各種勢力を代表している者は、観客や視聴者、応援してくれている人たちを意識した発言をせざるを得ません。すると、妥協しにくいのです。別途、非公開の場で妥協点を探り、結論を出す必要もあるのでしょう。