投稿者アーカイブ:岡本全勝

被災者の私有財産への公費投入

2018年12月23日   岡本全勝

月刊『文藝春秋』2019年1月号、五百旗頭真・兵庫県立大学理事長の「二つの大震災 安全神話を越えて」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・平成を振り返ってみると、度重なる災害を通して、災害対応・復興のノウハウがこの国と社会に着実に蓄積されていきました。ある意味、震災が平成日本を鍛え上げたと言えるでしょう・・・
・・・(阪神・淡路大震災の際に)兵庫県の貝原知事は震災直後から、地元主導の復興計画を説き、国に向けて「創造的復興」を訴えました。これは「単に震災前の状態に戻すのではなく、21世紀の成熟社会にふさわしい復興を成し遂げる」という趣旨のものでした。
しかし、国の反応は厳しいものでした。大きな障壁となったのは、「被災地の公共施設を旧に復するのは国の責任だが、よりよいものをつくるのであれば地元の資金で」という、当時「後藤田ドクトリン」とも呼ばれた行政の論理です。要するに「焼け太りは許されない」との上から目線の冷たい線引きでした。加えて、被災者に対して、私有財産は自分で立て直すのが筋だという行政の論理が貫かれてました。

実は、この考えの源流は明治時代にまで遡ります。明治13年の「太政官布告」は、災害の際に破壊された個人財産については公費の対象にならないと定めたもので、この点で、大蔵省を中心とする行政の論理は明治以来のものです。他方、内務省などは護民官的な救援強化を推進してきました。
政府はこの「後藤田ドクトリン」を盾にして「法体系系の整合性」を説き、公共部門の復旧はさせても、被災者個人の生活再建に国費を投じることは認めようとしなかったのです・・・

人生100年時代、困った

2018年12月22日   岡本全勝

人生100年時代が来ると、言われています。
現在、日本人女性の平均寿命は87歳、男性は81歳です。内閣府の予想では、2065年には、女性91歳、男性85歳に伸びます。現在、死亡する年齢が最も多いのは、女性93歳、男性87歳です(12月13日の日経新聞「ポスト平成の未来学」)。

先日、ある先輩が、次のようなことを話していました。「年賀状の季節だが、いただく喪中はがきを見て驚く。亡くなった方は、ほとんどが90歳代だ」と。私も、感じていました。
ある地方紙は、死亡記事(葬儀などのお知らせ)のうち、100歳以上の方は写真付きで載せていました。最初は週に数回にまとめて掲載していたのですが、最近は毎日になりました。それを取りやめるそうです。件数が多くなって、面積を取るからです。もう、珍しいことではないのです。

平均寿命は80歳代ですが、そこには、若くて亡くなった人も含まれています。いま60歳まで生きている人たちは、90歳や100歳まで生きることが多くなるのでしょう。
これはうれしいことですが、その一人となりそうな、私としては困ったことです。
私を含め、いま60歳前後の人たちは、「人生60年」と思って生きてきました。日本人の平均寿命もそうでしたし、じいちゃんやばあちゃんもそうでした。
若いときから、退職後は困るなあと思っていました。でも、「70歳で死ぬなら、10年ほどだ」と考えていたのです。
ところが、「これからは人生100年時代だ」と言われても、困りますよね。

これから30年、どのようにして充実した時間を過ごすか。これからは、余生ではなく、「第二の人生」+「余生」にしないと、30年は長いです。

マティス国防長官の辞任

2018年12月22日   岡本全勝

アメリカのマティス国防長官が、辞任することになりました。
「トランプ米大統領は20日、マティス国防長官が2019年2月末に辞任するとツイッターで発表した。米軍のシリア撤退など政策を巡る見解の相違が理由だ・・・
・・・マティス氏もトランプ氏宛ての辞表の内容を公表した。そのなかで「強力な同盟関係の維持や、彼らへの敬意をなくして国益を守ることはできない」と表明」と、日経新聞は伝えています。

そのマティス国防長官の書簡で、肝になる文章は次です。
・・・Because you have the right to have a Secretary of Defense whose views are better aligned with yours on these and other subjects, I believe it is right for me to step down from my position.・・・
マティス国防長官からトランプ大統領あての書簡原文

「あなたは、これらの点について、あなたの考えにより近い人物を国防長官に据える権利があります。だから私は身を引く時だと考えています」
マティス国防長官からトランプ大統領あて書簡(日本語訳、日経新聞)

書簡のその前段には、次のような記述があります。
「同様に戦略的利益が我々の利益と衝突することが増えた国に対しては、我々のアプローチを断固かつ明確なものとしておく必要があります。中国やロシアが自国の利益を追求するために経済・外交・安全保障に関する他国の決断を否定し、権威主義的な政治モデルと整合的な世界をつくりだしたいと望んでいるのは明らかです。だからこそ、我々は共同防衛に向けて、あらゆる手段を尽くさなければならないのです。
同盟国に敬意を払い、悪意に満ちた者や戦略的な競争相手に注意を払うべきだという私の考えは、こうした問題に取り組んだ私の40年以上(の経験)に基づき、培われたものです。我々の安全保障や繁栄、価値観に最も資する国際秩序を推進するためにできることは全てやるべきです。我々は同盟という結束によって強くなるのです」

上司と見解が異なった際に、どのような行動をとるかの一つの見本です。
この文章には、「私は間違っていた」といったことは書かれていません。「あなたと考え方が違う」ということを、上品な言い方で表現しています。そこでは、「合衆国の歴史と私の考え方が正しい」=「大統領が間違っている」と表明しているのです。
この項続く

慶應大学、地方自治論Ⅱ第11回目

2018年12月21日   岡本全勝

今日14日は、慶應大学で地方自治論Ⅱの第11回目の授業。公営企業と第三セクターについてお話ししました。
あわせて、複式簿記と単式簿記(大福帳)との違いを、簡単に説明しました。学生たちが社会に出て企業などで活躍する際に、複式簿記の基礎知識は必須です。
さらに、視野を広げて、政府(中央政府・自治体)、非営利団体、企業のサービスや財の提供も説明しました。

話に夢中になっていて、出席カードを配るのを忘れました。授業時間の終わりに気がついたのですが、もう時間かなかったので、今日は配布と回収をやめました。これで、年内の講義は終了です。

四角な座敷を丸く掃く4、竹秀才では困る

2018年12月21日   岡本全勝

四角な座敷を丸く掃く3」の続きです。

さらに脱線します。今回、四角な仕事をきちんと掃く職員を「竹」と呼んだのは、長年の疑問に思っていたことに、一つの解決を出したからです。頭の良い職員なのに、なにかが足りない職員を、たくさん見てきました。なぜだろうと、悩んでいました。

学校秀才は、与えられた問に正しく答えることに慣れています。職場の仕事がそのようなものばかりなら、彼らは「松」です。しかし、彼ら秀才に欠けている点が2つあります。
1つは、新しい課題を「私の仕事ではありません」「できません」といって、拒否するのです。
そして困ったことに、自分の所管でないことの理由やできない理由を詳細に考え、とうとうと説明してくれます。その説明を聞いていると、「ええわ、もうあんたには頼まない」と思ってしまいます。それは、彼にとって成功でしょうが、その課題をなんとかしたい私にとっては、役に立たない秀才です。
いろいろと分析をして課題を並べるけれど、実行はしない職員も同じです。評論家としては良いのでしょうが、職場では役に立ちません。

もう1つは、新しい課題に対して、素早い適切な回答を出せないのです。
頭が良いので、精緻に正解を探します。学校で正しい答えを出すことを覚えてきているので、「問題には、必ず一つの正解がある」と考えているのです。自然科学と社会科学、さらには私たちの職場の違いを、理解していません。
職場の問題は、自然科学の問題とは違います。唯一客観的な正解があるようなものではありません。利害が対立している二者の間で、どのように一つの解答を出すか。足らない予算で、事業をどのように組み立てるか。明日の議会での答弁案を、今晩中にどのように書くか・・・。
じっくり時間をかけて、正解を検討するような場ではないのです。締めきりまでに、何らかの結論を出さなければなりません。その際に、完璧主義者では、締めきりに間に合いません。