投稿者アーカイブ:岡本全勝

天皇陛下、お誕生日記者会見

2019年1月2日   岡本全勝

12月23日の、天皇陛下のお誕生日記者会見についてです。ご譲位を前に、平成の30年間を振り返るものとなっています。

第一に取り上げられているのが、災害です。次に、戦争と平和です。
「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵しています。」
私たちは、この平和な日常を当然のものと考えていますが、この平和のありがたさをあらためて国民に思い起こされました。歴史としては、昭和という戦争の時代を引き継がれ、国の内外に慰霊を続けられたことも、忘れてはなりません。あわせて、海外の紛争にも言及されています。

その後、障害者について語られました。さらに、次のようなことを話されています。
「日系の人たちが各国で助けを受けながら,それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ,各国から我が国に来て仕事をする人々を,社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また,外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め,各国との親善友好関係が進むことを願っています。」
これからの外国人の受け入れ、内なる国際化について言及されました。このことも、重要なことだと思います。

短い文章の中に、日本の政治と社会が考えなければならない要素が含まれています。

平成31年元日

2019年1月1日   岡本全勝

あけまして、おめでとうございます。みなさん、良いお年をお迎えのこと存じます。
東京は快晴、おだやかな新年です。

我が家は、同居人の息子がアメリカに留学中で、夫婦2人の静かな朝を迎えました。恒例のお正月兼誕生日の鯛と、新年用の日本酒で、お祝いしています。64歳になりました。昼には、娘夫婦が孫を連れてきて、賑やかなお正月です。

今年も知人が、富士宮からの富士山の姿を送ってくれました。夕方の赤富士もつけてです。きれいです。お楽しみください。

平成も31年。5月には元号も変わります。
今年も、たくさんの年賀状をいただき、ありがとうございます。出していない方もからも、たくさんいただきました。申し訳ありません。
各交通機関、病院、消防、警察など、年末年始の休みもなく働いておられる人たちに、感謝します。
今年が、皆さんにとって良い年でありますように。

平成30年大晦日

2018年12月31日   岡本全勝

今日は12月31日。平成30年も終わりです。皆さんにとって、今年はどのような年だったでしょうか。
私の仕事や生活については、回顧1回顧2回顧3に書いたとおりです。大きな病気やけがもせず、仕事を続けつつ健康に暮らす。それが良いのでしょう。関係者、家族、神様に感謝しなければなりません。

平成時代の30年が、終わろうとしています。今年は、マスコミなどで、平成時代を振り返った企画がたくさんありました。まだ歴史の教科書に載っていない、現在とついこの間のことを整理してくれています。勉強になります。
毎年いろんなことが起きますが、30年経ってから振り返ると、その場限りで終わったもの、後世に影響を与えたもの、少しずつの変化が大きな変化に積み重なったものが見えてきます。

私たちの人生も、一日一日は小さな積み重ねであり、小さな変化ですが、1年そして30年経つと、大きな変化になります。
私にとって平成の30年間は、34歳から64歳。人生のほぼ半分、かつ社会人として活躍できた30年でした。このような官僚人生を送るとは、その時点では全く予想していませんでした。毎日を一生懸命過ごしたら、今に至りました。その振り返りは、また別の機会にしましょう。

今日の東京は寒いですが、穏やかな年の瀬です。今年も日本一の蕎麦打ち名人のお蕎麦を食べて、年を越します。
皆さん、よいお年をお迎えください。

朝日新聞「日曜に想う」に載りました。

2018年12月30日   岡本全勝

今朝12月30日の朝日新聞「日曜に想う」、曽我豪・編集委員の「自省と覚悟 2人の問い今も」に、私が載っています。文章は、今年お亡くなりになった仙谷由人、園田博之両先生についてです。その中で、次のような文章があります。

・・・東日本大震災が起き仙谷氏は官房副長官に就いた。官房長官、党代表代行に続く起用は「降格」人事だったが、気にするそぶりはなかった。平服で異例の認証式を済ませ、すぐさま被災者支援の難題に立ち向かった。そして支援体制づくりの事務方のとりまとめ役に起用したのが、総務官僚から自治大学校の校長に転じていた岡本全勝氏だった。
永田町の常識でいえば非常の人事である。岡本氏は麻生太郎自公政権で筆頭格の首相秘書官を務めていたのだから。だが人脈をたどり旧自治省出身で地方財政に経験の深い岡本氏に行き着き、起用にあたって麻生氏に仁義を切ったと聞いていかにも仙谷氏らしいと思った。
大災害を前に民主党も自民党もない。使える人材や知恵を総動員して対応にあたらせたいと願ったのだろう。やがて復興庁が出来、岡本氏はその事務次官になって仙谷氏の思いを受け継いでゆく・・・

仙谷官房副長官から、被災者支援の事務方責任者の指示を受けた際のことは、鮮明に覚えています。日経新聞夕刊コラムの第1回にも、その話を書きました。

なお、曽我さんの文章の結論部分について、思うことを書いておきます。
政治とは、試行錯誤の積み重ねです。前例通りなら、行政(官僚)が上手に処理します。これまでにない事態、これまでにない事件の際に、どのように対応するかで、政治の力量が問われます。
結果を出すことが必要ですが、失敗した時もそこからどれだけ学ぶかが、政治家、政党、国民の値打ちだと思います。

曽我さんの指摘の通りです。「平成の30年は危機や失敗に学んで一つずつ古い政治を手直しした歴史だった」
国民は、政権交代と災害対応を学びました。自民党も政権交代について学びました。行政も災害対応を学びました。
すると課題は、我々は何を学んでいないかです。

平成30年の回顧3、生活

2018年12月30日   岡本全勝

平成30年の回顧、その3は生活についてです。(その2

常勤的非常勤公務員を続けて、2年半になりました。毎週の福島と東京での2か所勤務は、楽なものではありません。
もっとも、毎日のように出張している営業の方、世界を股にかけて飛び歩いている企業幹部は、もっと大変なのでしょう。私も総理秘書官として、総理のお供をして国際会議や外国訪問を続けていた時は、負担と感じませんでしたから、年を取ったからだと言い訳しましょう。
災害現場が復興しつつあり、発災当初の頃の緊張の連続とは変わってきたことも、こんなことを言える理由です。

相変わらず、余裕のない生活を送っています。
毎晩のように続く異業種交流会も忙しいです。いろんな方から、意見交換会のお誘いがあります。相手は若く、ご隠居のような私の話を聞きたいようです。太らないように、お酒の量を制限しています。仕方ありません、若い時と同じように食べて飲んでは、太るのです。

空いた時間は、原稿書き、このホームページ加筆、読書で埋まってしまいます。フルートも、触る時間がありません。なのに、反省せずに本を次々と買い込んでは、積ん読になっています。この点では、全く計画性がありません。
毎週のように、孫の相手をさせてもらっています。これが楽しくて、疲れます。
そのような中でも、夏にはキョーコさんと、フランス旅行に行きました。私はそのような企画をしないので、キョーコさんに引っ張ってもらわないと、なかなか出かけません。
と、生活については、変わり映えしない振り返りの1年です。それを、良しとしましょう。