投稿者アーカイブ:岡本全勝

便益と隠れた費用

2019年4月11日   岡本全勝

4月6日の朝日新聞オピニオン欄、安田陽さんの「再生エネの出力抑制、長い目で見ると得」から。本論ではないか所を紹介します。

・・・そもそも、なぜ再エネを入れるのでしょうか。それを考えるうえで、どうしても使いたい言葉が二つあります。「便益」と「隠れた費用」です。便益は費用と対になる言葉で、国民全体、地球市民全体が享受できるメリットのことです。特定企業の利益とは違います。隠れた費用は、化石燃料による大気汚染や地球温暖化、原発の事故対策コストなど、これまで十分考慮されてこなかった費用です。

これまで安いとされてきた石炭火力発電や原発に世界的にブレーキがかかっているのは、隠れた費用が本当は大きいという認識が広がったからです。隠れた費用の少ない再エネが、多い既存電源に取って代われば、社会的便益が大きい。だから各国は導入を促す政策をとっているのですが、日本ではそうした数字に基づく議論が乏しく、好き嫌いによるいがみ合いになってしまいがちです・・・

若手職員への講話

2019年4月10日   岡本全勝

今日は、ある組織に呼ばれて、若手職員への講話をしてきました。
先輩談は、しばしば自慢話か説教になりがちです。そうならないように、レジュメを用意して、話しました。
私は、官僚としては、少々普通でない経験をいくつもさせてもらったので、話すことには事欠きません。というか、そんな話をすると、あっという間に時間が経ってしまいます。それはそれなりに、若い人たちには面白い話だと思うのですが。

私の経験のいくつかは、昨年、日経新聞夕刊「あすへの話題」に連載しました。で、今日はそのコピーを配りました。
また、職員として心がけるべきことは、「明るい公務員講座」シリーズに書いています。
そのほか、このホームページにも、後輩たちに役に立つのではないかと、日々の行動や考えたこと、気になった記事などを紹介しています。

みんな、経験することで身につけていくのですが、失敗する前に、あるいは一人で悩む前に、これらを読んでいただくと、明るい公務員人生を過ごすことができますよ。

大震災、市町村長のご苦労

2019年4月10日   岡本全勝

大災害時の緊急対応、そして大規模で長期間にわたる復興。これを通じて、改めて、市町村長の苦労を思いました。

住民たちは、行政からの支援を市町村長に要望するとともに、やり場のない怒りを市町村長にぶつけます。首長は、住民からのよろず要望と苦情の窓口・対象になります。住民も、すべてのことが直ちに解決するとは思っていないのですが、思いを誰かにぶつけたいのです。
国に要求、要望すれば片付くものもありますが、そうでないことも多いです。首長自身が被災者であることも多いのです。

あわせて、地方自治の効能も再認識しました。
住民の要求と不満をひとまず、自治体で受け止めてもらう。すべてが国に持ち込まれると、国はパンクしてしまいます。また、相手が国だと、要求と不満は際限がないでしょう。
地域のことは地域で判断する。地方自治が生かされる場面でもあります。特に、どのような町に復旧・復興するかです。国が案を提示しても、住民の満足度は低いです。住民、自治体が考え、最も良い案を作る。ここに、自治の機能が発揮されます。

もちろん、大災害の場合は、財政、技術、職員など、自治体だけではまかなえないことが多く、それは国が支援しなければなりません。
補完性の原則です。自治体が住民の第一次支援者であって、自治体の支援者は国です。
なお、原発事故は、東電とともに政府(経産省)も加害者ですから、自然災害とは状況は違います。

古い社会的リスクと新しい社会的リスク

2019年4月9日   岡本全勝

4月4日の日経新聞経済教室、田中拓道・一橋大学教授の「全世代型社会保障の論点(上) 財源負担への納得感醸成を」から。

・・・まず先進国が共通して直面している課題を、「古い社会的リスク」と「新しい社会的リスク」という言葉で確認しておこう。
かつて社会保障とは、男性稼ぎ主の所得喪失を主たるリスクととらえ、医療保険・年金などを通じて人々の生活を保障するものだった。これらは主に高齢期を対象としていた。
ところがグローバル化と産業構造の変化によって、新しいリスクが生まれてくる。先進国の産業が製造業から情報・サービス業へ移行すると、一時的な失業や不安定な就労が増えていく。事務職やサービス業などで女性の就労が拡大すると、仕事と家庭の両立に苦しむ女性も増えていく。現役世代向けの就労支援、子育て支援がなければ、社会の格差は拡大する。

グローバル化が進む中で政府支出を増やすことは難しい。高齢化の進む国では、古いリスクと新しいリスクへの支出を巡って競合が起きやすくなる。
先進諸国では(1)医療・年金など高齢者向け支出の伸びを抑制しつつ(2)労働力の移動を促進し(3)子育てや教育への支援を拡充するという改革の組み合わせが試みられてきた。
ただし、どの国でも改革がうまく進んだわけではない。特に重要なのは、市場の役割を重視してきた米国や英国で社会の分断が広がり、低所得層を中心に保護主義や排外主義への支持が強まったことだ。各国はグローバル化に適応しつつも国内の格差を抑制し、社会の安定を保つという難しいかじ取りを迫られている・・・

平成は悪い時代だったか。

2019年4月9日   岡本全勝

NHKの世論調査です。4月8日掲載。
「平成」という時代に、日本の社会は、よい方向に向かったと思うか聞いたところ、「よい方向に向かった」が19%、「悪い方向に向かった」が18%、「どちらともいえない」が60%でした。

平成という時代がどのような時代であったかは、もう少し時間が経つ必要があるのでしょう。
識者やマスコミが平成時代を振り返る企画をたくさんやっていますが、「停滞の時代」「混乱の時代」出会ったという評価が多いようです。
それは、昭和(特に後期)の経済成長に比べての認識だと思います。たしかに、ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれた時代に比べると、経済成長が低下し、中国に抜かれるなど、停滞の時代に入ったことは間違いありません。
他方で、治安が良く、安全安心できる社会は、健在です。そして、大震災の際の助け合いや、ボランティア・NPOの貢献など新しい共助も大きくなっています。格差が広がっていますが、諸外国に比べるとまだましなようです。すると、まだまだ日本は捨てたものではありません。
世論調査の「良いと悪いが拮抗している」結果は、国民の多くが、「悪かった」という判断をしていないことだと思います。

もっとも、平成が良い時代であったかどうかは、今後の日本の状態によります。
すなわち、とてもひどい状態になったら、「あのころは、まだましだったなあ」と思われるでしょう。もっとも、「平成の時代に、改革に遅れたからこんな状態になったんだ」と批判されることもあり得ます。
良い状態になって、その基礎を平成時代が準備したなら、「平成の苦労が良かった」と評価されるでしょう。