投稿者アーカイブ:岡本全勝

『イタリア史10講』

2019年4月24日   岡本全勝

北村暁夫著『イタリア史10講』(2019年、岩波新書)を紹介します。
本書の「あとがき」にも書かれているように、イタリアの歴史といえば、私たちは、すぐに古代ローマやルネッサンスを思い浮かべます。しかし、それはイタリアを舞台にした歴史であって、イタリアという国家は、たかだか150年ほどの歴史です。「イタリア国民をつくる」。
この素材をどのように「料理する」のか。そのような関心を持って、読みました。

様々な歴史上の出来事や変化を、どのような視角で切り取るか。そこに、歴史家の力量が示されます。「歴史の見方の変化」「文化史とは何か」。
その点では、「歴史10講」シリーズでは、近藤和彦著『イギリス史10講』(2013年)が出色です。このホームページでも、何回か取り上げました「覇権国家イギリスを作った仕組み」。
昨今のイギリス政治の混迷も、この国の分裂と統合の歴史、政治の機能を見ると、そんなに意外なことではありません。

そして、私たちが意外と知らないのが、現代史です。イタリア現代史では、伊藤武著『イタリア現代史』(2016年、中公新書)があります。

「金融政策の効果は金融資産価格の上昇だけだった」

2019年4月24日   岡本全勝

4月19日の日経新聞オピニオン欄、ファイナンシャルタイムズのラナ・フォルーハーさん「金融政策の限界直視せよ」から。

・・・トランプ氏は、FRBを自分の言うことをすぐ聞く取り巻きで埋め尽くすことしか考えていないが、重要な真実に光を当ててもいる。金融政策はこの10年、実体経済よりも市場にばかりプラスに働く面が大きかったという真実だ。
以下の数字を見てほしい。米国の時間当たりの実質賃金は10年の年初以降6%しか上昇していないが、実質的な不動産価格は20%以上、株式市場の時価総額(インフレ調整済み)は倍増した。家計所得は雇用が拡大したおかげで賃金より大きく伸び、10~17年に10%増えたが、資産価格の上昇には及ばない。一方、米国の格差拡大は07~16年、過去最高を記録した。

企業債務の国内総生産(GDP)比率が過去最高水準に達していることを含め、こうした事態はFRBが様々な努力を重ねる中で、意図せずして招いた結果だ。FRBは資産価格を押し上げることはできたが、経済成長を阻む主な問題を解決することはできなかった。これらはカネの不足から生じるものではなく、金融政策では解決できない深い課題を背負った問題だからだ。労働人口の高齢化や米国内の人の移動の減少、大企業による寡占化の進展などにより、求められているスキルと求職者のスキルにミスマッチが生じている。また技術革新が次々に起きることに労働市場が対応し切れていないといった問題に根ざしている。

これらの問題は、低金利や量的緩和だけでは解決できない。官僚ではなく、選挙で選ばれた行政の責任者たちが決める財政政策が必要ということだ。だが、今のような二極化した議会を抱えていては、政府がそうした政策を実現することはできない。
この難問には米国だけでなく、欧州も直面している。欧州では、欧州中央銀行(ECB)による量的緩和が経済のてこ入れにどれほど効果を上げたのか、そしてユーロ圏全体で緊縮財政を緩めた場合に得られるメリットを巡って、激しい議論が戦わされている・・・

若手官僚の早期退職、3

2019年4月23日   岡本全勝

若手官僚の早期退職」の続きです。
笹川陽平・日本財団会長のブログに、次のような話が載っています。

・・・戦後70数年経ち、その間につくられた社会システムが、時間と共に十分に機能せず様々な社会課題が惹起してきており、大きく申せば、これらを解決していくことが私たちに与えられた使命であろうと考えています。
これらの社会課題は、今や国や行政だけでは解決できません。また市民社会、NPOやNGOが加わっても十分でない中で、日本財団は、国や行政、そしてNPOとの間に立った問題解決へのプラットフォームを担おうと、今日まで来たわけです。既に政府や地方自治体からも、様々な社会課題を解決するために、日本財団の知見と経験を活用させてほしいという要望が多く出てきていますし、NPOや市民社会からの日本財団に対する期待も深まっています。

私は、日本財団は世界でも大変ユニークな組織であると思っております。まず第一番目には、これだけ若い人たちが活躍をしているノンプロフィットの組織というのは世界中にありません。ましてや、我々がやっている仕事の内容は、ハンセン病の制圧や海洋の地球的問題など、国内外の多種多様な問題です。通常そのような公益活動をする組織というのは、キャリアを積んだ中年以上の人たちが集まり、分野についても、医学、公衆衛生、あるいは貧困対策など、限られた領域の中で仕事をしているところが多いのですが、日本財団は、たったこれだけの人数であらゆる問題にチャレンジしていることも、世界的に見て珍しいことではないかと思っています・・・

・・・今や、政府も、外務省や厚生労働省、環境省、その他諸々の省庁が、日本財団の活動に注目し、そして協力の要請をしてくるようになってきました。そのような中、私は「日本財団という方法」を皆さん方に提示しております。

若い人の中には専門的な研究者になりたいという方もいらっしゃいます。日本財団を辞めて研究者や大学教授になられた方も数多くいます。それは大いに結構です。しかし、日本財団での仕事は幅広い分野の専門家のネットワークを持ち、問題について議論し、ある一定の方向性が出たら、即、日本財団がそれを実施することです。そして小さな成功例をつくり、それを社会に普遍的な方法として広げるやり方を私は「日本財団という方法」という言葉で表現しています。いわば、皆様方はコーディネーターとしての専門家。そのためにはより広く、多くの人と出会っていただきたいのです。

そして、何よりも私たちは現場主義です。冷暖房の効いた東京の一等地のオフィスの中で仕事が完結すると思ったら大変な間違いです。勿論、バックオフィスをやるディフェンスの皆様方はここで仕事をしていただきますが、オフェンスをやる皆様はできるだけ現場に行って、現場の人の話を聞いていただきたい。人を見抜く、この人ならできるという目の力を養うのも大切なことです。皆さん方には「現場には問題点と解答がある」ということをよく理解をしていただきたいのです・・・

社会の問題を解決するのは、行政(公務員)だけではありません。NPOも、「強力なライバル」になっています。専門家が、現場を知り、迅速に取り組む点において、公務員は負ける恐れがあります。

コンビニの進化と役割

2019年4月23日   岡本全勝

コンビニの24時間営業の見直しが問題になっています。マスコミもたくさん取り上げています。4月16日の日経新聞オピニオン欄、中村直文・編集委員の「コンビニ、脱24時間の幸運 しくじり生かすとき」が、勉強になりました。

・・・「経営学の父」ともいわれたピーター・ドラッカー氏は1980年代から90年代にかけて何度かイトーヨーカ堂本社を訪れ、当時の伊藤雅俊社長らと交流を深めた。90年の「"新しい現実"の到来」と題した講演ではこんな言葉を贈った。「ヨーカ堂グループに敬服する点は、小売業の主流から落ちこぼれるはずだった個人的な商店に、商売の主流に乗る方法を提示したことです。これは偉大な社会革命といってよいでしょう」・・・

・・・規制強化を逆手にとって誕生したコンビニだが、90年代からは規制緩和が追い風になる。代表的なのが酒類やコメ販売だ。大型店やチェーンストアで売りやすくなると、多くの酒販店や米穀店がコンビニオーナーに転身。コンビニは担い手と買い手を引き寄せた。90年代末には栄養ドリンクが加わり、02年銀行法改正でセブン銀行がスタート。まさにドラッカー氏が「コンビニが商店を生まれ変わらせた」と見た世界の到来だ。
もちろん経済・社会のニーズも後押しした。今ではおなじみの電気やガス代の支払い、そして80年代に一気に広がる24時間営業だ。ニッポン株式会社は絶好調で、栄養ドリンク「リゲイン」のCM通り「24時間、戦えますか」状態。ここでコンビニは弁当、総菜など主力商品を柱とした24時間供給体制を完成させた・・・

そうだったんですね。この仕組みがなければ、個人商店は廃業し、町から商店がなくなったかもしれません。スーパーマーケットは残ったでしょうが、大型化し、遠くになったでしょう。
いまや、コンビニがない暮らしは想像できません。

このホームページでも、コンビニが被災地での重要なインフラであること「コンビニは災害支援インフラ」や、復興なった被災地でコンビニばかりが目立つこと「個人商店の消滅、コンビニの氾濫」を取り上げました。

若手官僚の早期退職、2

2019年4月22日   岡本全勝

若手官僚の早期退職」の続きです。「この春、霞が関やめました」に、次のような話が載っています。
・・・一方、大久保さんとは違う理由で辞めた人もいました。
教育関係のベンチャー企業に勤めている谷詩織さん(仮名・38)。2年前まで総務省の官僚でした。辞めた理由を聞くと、谷さんは「外の方が社会貢献できると思ったから!」と明るく即答しました。
情報分野で社会に貢献したいと思っていたという谷さん。ところが、担当する部署は一貫性なく関係ないところばかり。文書審査の担当になった時は、省内のあらゆる文書を、細かいルールに基づき審査する日々で、どうしてもやりがいを見いだせませんでした。
しかも、毎年のように担当が変わり、専門性を高めることも難しかったといいます。
「人材育成を人事は考えてくれていると思っていたけど、そうでもなかった。人手不足の部署や、年次的にどのポストが妥当かを当てはめているように感じた。自分のキャリアアップが見通せなくて」
関心があった情報系の部署に異動できたのは10年近くたってから。そこで、勉強に励み、新たに資格もとるなど刺激的な日々を送るようになると、次の異動でせっかく蓄えた知識が生かせなくなるのが惜しくなったといいます。
「だったら霞が関にこだわらなくても…」・・・

ここに、霞ヶ関の大きな問題が見えています。若手職員にとって(長時間労働をしているのに)、
・やりがいのある仕事をさせてもらっていない、
・専門技能が身につかない
と感じることです。
ここでは、専門技能が身につかないことを取り上げましょう。
多くの役所で、上級職職員は1~2年で異動します。これでは、特定分野の専門知識は身につかないでしょう。
「総合職」「幹部候補生」として、さまざまな仕事を経験させるというのが、これまでの「方針」でした。しかし、官僚には、その分野での専門知識が求められます。「すべての分野がわかる」は不可能であり、それは専門分野を持っていないということです。
もちろん、狭い専門分野に閉じこもらず、広い視野から考える能力は必要です。
かつては、社会のためでなく、自らの組織の利益を優先することから「局あって省なし」「課あって、局なし」と批判されたこともあります。しかし、専門知識があることと、視野が狭いこととは別のことです。

国家公務員にも、人事評価において「期首の目標申告」「期末の達成度評価」が義務づけられています。政策立案と執行において、1年や2年でこの評価は無理でしょう。
私は最低でも2年、できれば3年、そのポストにとどまるべきだと考えています。そして、さまざまな分野を経験するとしても、特定分野のプロとして育てるべきであり、本人もそれを目指すべきです。
そうでないと、対象分野の企業人、研究者、従事者と、対等の議論ができません。その前に、専門性を高めている国会議員に太刀打ちできません。議員の勉強会や国会審議で、「3年前の同じようなあの件で・・・」と指摘されたときに、答えられないようでは困るのです。
企業にしろ研究所にしろ、職員や幹部が1~2年で異動を繰り返す組織は、珍しいでしょう。それでは、成果が出ませんよね。
「省の中の移動だから、専門性がある」と主張する人もいるでしょうが、一つの省の中でも、かなり専門性の違う分野が同居しているのです。

最近、官僚が政策を論じないことを指摘したことがあります。局長や課長が、自らの所管行政について政策を論じること、それを世間に問うことが少ないのです。これは短期間で異動することと、専門性が薄くなっていることの表れでもあると、私は考えています。「毎日新聞「論点 国家公務員の不祥事」2
この項続く