情念が時代を動かす

鹿島茂著『ナポレオン フーシェ タレーラン 情念戦争1789-1815』(2009年、講談社文庫)が面白かったです。
物欲や性欲、名誉欲、これらの情念によって人は動き、歴史が作られます。ところが、この上にさらに人を動かす情念があるというのです。陰謀、移り気、熱狂です。しかも、この3つを体現した人物が歴史を大きく動かした。それが、この本の内容です。
陰謀情念はジョセフ・フーシェ。移り気情念はタレーラン。熱狂情念はもちろんナポレオン・ボナパルトです。
ナポレオンはよく知られていますが、あとの2人はそれほど知られていないでしょう。先に、シュテファン・ツワイク著『ジョゼフ・フーシェ―ある政治的人間の肖像』を岩波文庫で読みました。これも面白かったです。

英雄を中心とした歴史は、かつてほど評価を受けなくなりました。もちろん、一人や二人の英雄によって、歴史が大きく変わったり、社会が大きく変わることはないでしょう。その時代が置かれた背景、社会や産業の構造に規定され、英雄も一人ではすべてを決定できません。
しかし、フランス革命やヒットラーを見ると、「この人がいなかったら、違ったことになっていただろう」と思います。

ナポレオンが軍事の天才としても、それを熱狂的に支えた国民、志願して従軍した若者がいたから、いくつもの戦争が成り立ちました。
しかし、ナポレオンが、ある時点で満足していたら、あるいは周囲の反対意見を聞いていたら、ロシアやワーテルローで負けることはなく、ナポレオン帝国は続いていたでしょう。ライプツィヒで負けたときにも、ナポレオン1世が退位して、息子に継がせるという停戦案もあったのです。しかし、熱狂に動かされるナポレオンは、その情念に従って自滅します。

より興味をそそるのは、そのナポレオンにからむ、フーシェとタレーランです。かれらも、自己の情念に動かされ、様々な策謀をします。ここは、本を読んでいただくとして。
歴史は、このようにも読むことができるのだという傑作です。もちろん、学問的研究でなく、小説ですよ。