月別アーカイブ:2026年9月

日本人の内向き化、統計での裏付け

2026年9月28日   岡本全勝

9月22日の朝日新聞に「日本人の「内向き化」に裏付け 年齢に限らず、経済停滞など影響か 青学大」が載っていました。なるほど。

・・・若者の海外留学や海外赴任の減少、職場でコミュニケーションをとりたがらない姿勢――。日本人は以前より内向きになっていると近年懸念されているが、本当にそうなのか。
青山学院大学の研究グループが2010~21年に実施された性格特性の調査を集めて分析したところ、活動的で社交的さを示す「外向性」が男女いずれも年々低下傾向にあることが確認された。「日本だけ国際的に特異な可能性も考えられる」という。研究成果が専門誌に掲載された。

研究グループは、性格分析での5大要素の一つの「外向性」に着目。国際的な指標を使い、2010~21年に実施され、日本人計4万8905人について外向性を1~7点(真ん中が4点)で評価した48研究(75データ)を、年齢や性別を考慮しながら分析した。
その結果、10年以降、外向性の平均値は年々低下。例えば10~15年は平均4・05点で、16~21年は同3・82点と、「内向き化」が裏付けられた。新型コロナウイルス感染が流行する前の19年まででみても同じ傾向がみられた。
10~21年でみると、女性の外向性は平均4・07点で男性(3・80点)より高いが、性別によらずこの10年ほどで同じように低下していることがわかった。海外では年齢が上がるほど外向性は低下する傾向がみられるが、日本では年齢の影響はみられなかった。

一方、欧米や中国では調査年の違いはあるが、すべての国で外向性は年々上昇している。なぜ日本だけが低下しているのか。
研究グループのメンバーで、現在は東京大大学院生の秋元涼之介さんによると、経済的な要因が候補の一つとして考えられる。中国では1人当たりのGDP成長率が高い地域ほど外向性の上昇率が高い。一方、日本は「失われた30年」などと指摘されてきた。
心理学的な要因も考えられる。日本では個人主義の傾向が年々高まっているが、もともと日本に存在していた集団主義と相いれず、その結果、欧米とは異なり「他人との関係を断つ個人主義」が広まっていると指摘されているという。
また、SNSの普及も考えられ、外向性が高い人がSNSを使うと外向性がより高まるが、低い人がSNSを使うとより低くなるという報告があるという・・・

ドイツに見る短時間勤務

2026年9月27日   岡本全勝

時事通信社の行政情報誌iJAMPに、田中洋子・筑波大学名誉教授がドイツの労働事情を書いておられました。9月14日から18日まで5回連載。

9月14日の「短時間勤務、ドイツでは公務員も当たり前」から。
・・・ドイツでは、日本とはずいぶん異なる働き方が認められている。大きな違いは、フルタイム正社員が短時間勤務をし、パート労働者もフルタイム労働者と同じ待遇を受けていることだ。今では誰もが短く働いてゆとりある暮らしを送ることができる。もちろん、公務員もだ。ドイツの最新事情を紹介したい。

2023年、ドイツはGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界3位となった。日本は4位に落ち、インドにも抜かれそうだ。一人ひとりの労働時間が日本より短いのに、日本より生産性が高く、経済も好調なのだ。ということは、出社してそこで長時間過ごすことが「働いた証し」とみなす日本の評価軸は、そんなに大事ではないということになる。

まず、ドイツには「時間主権」という概念がある。自らの働く時間をコントロールする力や、一人ひとりが置かれた状況に即して働く時間を決める権利のことを意味する。事業主が労働時間を業務命令として労働者に押し付けるのではなく、働く側が自分の働く時間について発言し、希望を伝え、人生を設計する。働く時間は上司や同僚と相談して決める。
この考えはドイツの行政や企業に浸透し、人事政策にも組み込まれている。労働者が短く働きたいと言えば、事業主はそれを拒否できない。出社することより成果を出すことが求められるため、労働者はかなり集中して働く。転勤は基本的にドイツにはなく、あっても断ることができる。それがキャリアに響くことはない。
帰宅ラッシュは午後4時から6時ごろの間。3時に帰る人もざらにいる。帰宅後は家族との時間を楽しんだり趣味を楽しんだりする。長期休暇も取りやすい・・・
「「時短」勤務者の活用」

「希望格差社会」の20年、その2

2026年9月27日   岡本全勝

「「希望格差社会」の20年」の続きです。希望がなくなり、現状に満足し(あきらめ)、仮想(ヴァーチャル)の世界に逃げ込む。悲しい世界になったのでしょうか。さらにそれが進むのでしょうか。抜粋ですので、詳しくは原文をお読みください。

―「希望格差社会」の副題は「『負け組』の絶望感が日本を引き裂く」でした。希望を失った人たちの不満が深刻な分断を生み出すのでは、と。しかし、今の日本には懸念されたほどの分断は生じていませんね。
「それどころかNHK放送文化研究所の意識調査によれば、衣食住、生きがい、地域の生活環境、人間関係のいずれにも満足している人は、88年の36%から18年には55%へ増えました。特に若年・中年層で高い」

―なぜこのような現象が。
「多くの若者が、現実世界での希望そのものを回避・放棄しているからだと私は見ています。いまの日本が『一度落ちたら二度とはい上がれない社会』であることを、彼らは見抜いています。いずれ豊かになれるという希望が実現不能なら、最初から高い望みを持たず、競争から降りてしまったほうが傷つかない。冷酷な社会に対する合理的な生存戦略とも言えます」
「ただ、日本における格差の固定化と満足度の高まりという矛盾の秘密は、別のところにもあると思っています」

―と言いますと?
「人々が、バーチャルな世界で満足を得る方法を見いだすようになったことです」
「社会全体が少しずつ貧しくなるなか、覆せない格差や不平等を受け入れ、リアルな世界での希望を諦め、バーチャルな世界に自足してプチ幸せに浸る。リスクを取って社会改革を求めれば、今の生活水準すら維持できなくなるかもしれない。それなら現状の停滞に身を任せ、静かに沈んでゆきたい――これこそ現在の日本の姿です」

―それが「幸福に衰退する」の意味ですか。
「鎖国下にあり自足経済だった江戸期とは異なり、現代日本は食料もエネルギーも海外に依存しています。国力が落ち円安がさらに進めば、バーチャル文化がどれほど豊かでも、リアルな生活基盤を維持できません」

―私たちは、皆で一緒にゆでガエルになる未来を受け入れるしかないのでしょうか。
「処方箋は明白です。昭和の亡霊である日本的雇用慣行と性別役割分業型家族を見直すことです。一度非正規になった人、育児や介護で退職した人が、再び安定した仕事へ移れるようにする。社会保障も個人単位に改める。つまり、家族や企業という依存先がなくても生きられる社会を設計し直すのです」
「今の日本社会が持続可能でないのは、家族のあり方が持続可能ではないから。出生数が減ったのは、女性が働くようになったからではない。働きながら安心して子どもを育てられる環境をつくらなかったからです」

「希望とは、成功が保証されることではない。一度の失敗で人生を『詰む』ことなく、やり直せると感じられることです。どの道を選んでも、致命的な貧困や孤立に陥らない社会であれば、人は諦念から脱してリスクを取ることができます」
「このまま緩慢に衰退する道を選ぶのかは、これからの世代が決めることです。ただ、リアルな世界でも希望を取り戻すためには、何度でもやり直せる社会に変えていかねばならない。その可能性まで諦める必要は決してない。これが、定年退職間近の私の、学者としての『遺言』です」

ブラタモリ「なぜ飛鳥は日本の国の礎に?」

2026年9月27日   岡本全勝

9月26日夜、NHKで「ブラタモリ 奈良・飛鳥 世界遺産記念SP なぜ飛鳥は日本の国の礎に?」を放送していました。内容は6年前のものですが、今年7月に世界遺産に登録されたことを記念して、再放送です。
1週間は、見逃し配信で見ることができます。

私が子供の頃、遊んだ近所が出てきます。水落遺跡などは、その後に発掘されました。
まだまだ見るところ、紹介してほしいところはたくさんあるのですが、番組は30分あまりなので、出てきません。それは、現地に行ってみてください。

なぜエスカレータの片側を空けるのか、2

2026年9月26日   岡本全勝

「なぜエスカレータの片側を空けるのか」の続きです。日本では法律や合理性より、社会の通念、世間体が行動基準となります。

憲法に男女同権が定められても、長年、職場や家庭で男女差別を続けてきました。結婚は二人の意思と決められても、結婚には親の了解を得た(両家の結婚式)のです。世間の通念は、憲法より強かったのです。
日本は集団主義と言われます。それは、各人が判断して集団のためになる行動を取っている(積極的集団主義)のではなく、他者の行動にあわせている(消極的)集団主義なのです。日本では、規則や合理性より強い行動規範=世間に合わせる=世間の目を気にするです。「ムラ社会」です。

会社の側も社員がそれぞれに判断するのではなく、会社の都合に合わせるように期待し、それに報いました。採用されると、人事課が配属や昇進を決めてくれるのです。「面倒見のよい会社」と「甘える社員」ができました。いわゆるメンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の違いです。
この集団主義は軍隊や経済発展期の工場では、みんなが同じことをする際に効果的でしたが、各人が判断して行動する場面になると欠点になります。学校での「集団主義」「画一的」教育と、自分で考えるのではなく正解を教える教育は、自分では考えない国民をつくってしまいました。
エスカレータの片側を空ける行動は、根が深いものがあります。