月別アーカイブ:2026年5月

技術の暴走とどう付き合うか

2026年5月6日   岡本全勝

日経新聞は4月21日から、「欧州発 技術の倫理」を連載していました。
・・・人工知能(AI)などの技術は文明の発展に寄与する一方、世代を超えた負の影響をも生み出しかねない。人間の能力を超えつつある技術をいかに制御すべきか。欧州では人文系の研究者が哲学や倫理学の伝統をふまえつつ、この難問に向き合っている・・・

として、次の4つが取り上げられています。
1 人工知能:AI大臣は理想の政治家か 欧州の思想界、先走る現実へ警鐘
2 気候変動:オランダ水上住宅、荒ぶる自然と共生図る 利便と正義は両立するか
3 放射性廃棄物:「核のごみ」封印計画 欧州で高まる未来への倫理的責任論
4 ゲノム解析:英国で進む全新生児のゲノム解析計画 技術と人権、両立に悩む欧州

どんどん進む技術とどのよう付き合うかについては、この倫理問題ほかに、次のようなものもあります。
・インターネットを利用した武力攻撃や犯罪
・人工知能の武力攻撃への利用
・ソーシャルメディアによる世論や意識の誘導
・スマートフォンが子どもに与える悪影響
・人工知能に頼る学生の論文執筆
・環境や生物に悪影響を与えるプラスチックごみ
などなど

官僚は国家を考えることができるか

2026年5月5日   岡本全勝

連載「公共を創る」第253回「政府の役割の再定義ー官僚に仕事をさせるために」(3月26日号)で、各省各局の分担管理に収まらない新しい課題をどのように官僚機構が取り上げるのか、全体を見る仕組みが必要であることを主張しました。
しかし、ここに一つ難しい問題があります。明治から昭和後期まで、官僚が存分に力を発揮し、日本の発展に貢献しました。それは分担管理原則に沿って、各官僚と各局が所管行政を整備拡充したからです。発展期には、部分最適が全体最適になりました。もちろん、すべての部門が同じように拡大したのではなく、濃淡はありました。

ところが発展期が終わると、限られた資源(予算や人材)を配分するのに優先順位をつけなければなりません。部門によっては、縮小や廃止もあります。これは、分担管理原則ではできないことです。そこで、これまでに取られた手法は、一律削減です。
また、これまでにない分野に仕事を広げなければならないこともあります。それが「楽しいこと」ならよいのですが、「嫌なこと」「難しいこと」なら、既存組織は手を出しません。また、それらにつぎ込む資源を生み出すために、既存予算を削減することにも抵抗します。

全体を見渡して、優先順位をつけること。そのような部門をつくり、役割を与えれば、官僚は案を作ることはできます。しかし、民主主義では、その決定は官僚にはできないことで、政治家の仕事です。他方で、政治家は各種の利益団体を代表しています。ここにも、難しさがあります。
部分ではなく、全体を考える官僚をどのように育てるか。そのような組織と仕組みをどのようにして組み込むか。それが課題です。

同じことは、会社員にも言えます。それぞれが、自分の部門の業績拡大を考えていると、拡大期にはよいのですが、選択と集中をしなければならないときには、縮小の判断ができません。「新・官僚の類型

恒例の椿の剪定

2026年5月5日   岡本全勝

春の大型連休中の恒例行事、玄関の椿の剪定をしました。この椿、近年は元気が良いのです。どんどん枝葉を伸ばします。そのまま伸ばしてやりたいのですが、狭い敷地なので、そうもいきません。

お向かいのお師匠さんに教えてもらった教訓を元に、枝を切りました。いくつかの枝を元から切ると、その先の枝や葉がどさっと落ちます。すっきりします。これ以上高くなっては手が届かなくなるので、上の方はバッサリと。少々離れたところから見て、形を考えながら。
スカスカになりました。切り落とした枝と葉は、結構な分量になりました。少し枯らしてから、片付けましょう。
ところがこの椿、今年は花を咲かせなかったのです。去年刈り込みすぎましたかね。すると、来年も・・・。

かゆいなと思ったら、蚊に刺されていました。叩いたのですが、かゆかったです。真っ赤に膨れました。
もう出てきたのですね。東京の最高気温は25度を超えています。

不必要な戦争

2026年5月5日   岡本全勝

4月16日の朝日新聞オピニオン欄は「不必要な戦争」でした。
・・・米国がイスラエルと仕掛けたイランへの先制攻撃。明確な目的や戦略を欠き、同盟国を説得する大義もない。多数の人命が奪われ、米イランの直接協議も実を結んでいない。トランプ大統領の「不必要な戦争」はなぜ起きたのか。世界をどう変えるのか・・・

リチャード・ハース(米外交問題評議会名誉会長)の「慎重さも正当性も皆無な選択」から。
―戦争には「必要な戦争」と「わざわざ選んでする戦争」があり、区別が重要だと論じていますね。
「『必要な戦争』は、死活的な国益が懸かっていて、軍事力以外に方法がない場合です。例えば、ロシアに侵攻されたウクライナの戦争です。『わざわざする戦争』とは国益が死活的とまで言えないか、軍事力以外でも同じかそれ以上の確率で達成できるのにあえてする、という戦争です」
「私が米政権内で関わった戦争では、1990~91年の湾岸戦争が『必要な戦争』、2003年からのイラク戦争は『わざわざする戦争』だったと考えます。私はイラク戦争に反対でした。自分が賛同していない政策を日々、擁護する役割を求められ、政権の途中で去ることになりました」
「私は『わざわざする戦争』が絶対に悪いとは考えていません。ただ、軍事力は重大な結果をもたらすため、『わざわざする選択』においてはなおさら、極めて慎重な検討が必要だとの教訓を得ました。当時の米政権は、イラク戦争の潜在的影響について熟考していませんでした。イランの影響力が強まったことも重大な悪影響の一つです」

―今回のイラン攻撃はどう位置づけられますか。
「正当化の余地が全くない、浅はかな『わざわざする戦争』でした」

―そもそも戦争の目的が不明確ですね。
「全くその通りです。トランプ氏と政権は、イランの体制転換、反体制派の保護、核開発能力の一掃など、様々な戦争目的を掲げてきました。戦闘が始まってからは(イランの『反撃』で実質的閉鎖に至った)ホルムズ海峡を開放するとか、イランの軍事能力を弱めるとかいった目的が加わりました。本来は、戦争が始まってから目的を広げることがないよう、極めて慎重を期さなければならないのです」

―目的が不明確なため、「この目的を果たせば戦いは終わり」という出口も見えません。
「本来は一時的な停戦ではなく、公式な和平の合意で終えることが望ましい。ただ、核問題やホルムズ海峡危機を巡ってイランとの合意に至るのは極端に難しくなっており、(戦いが終わるとしても)かなり限定的な公式の合意にとどまるか、全く何の合意もできない可能性があります」

近代経済学を越えて

2026年5月4日   岡本全勝

私は大学で経済学や財政学を学び、その切れ味に目を開かされました。教科書はサミュエルソンなどでした。財政学は貝塚啓明先生でした。わかりやすかったです。価格が需要曲線と供給曲線の交わるところに落ち着くこと。国民経済計算の三面等価など。
地方財政を職業にしてからは、神野直彦先生に教えを請いました。財政の地方分権、三位一体の改革で、国税から地方税への税源移譲も、神野先生の理論的支えによって実現しました。

ところがその後、いささか不満を持つようになりました。
1つめは、経済学の教科書に載っている分析は、極端な単純化をしています。人はすべて合理的に判断行動し、商品はリンゴとミカンの2つだとか。すべての情報を手に入れて、瞬時に判断するとか。世の中、そんな単純ではありませんよね。「二つの脳、直感と熟慮
2つめは、数式が多用されますが、その割には現実を分析しているとは思えないことです。専門家同士はそれで良いのかもしれませんが、多くの国民は「そんな難しい数式を使わなくても、もっとわかりやすい言葉で説明してくれよ」と思います。
3つめは、数式や分析が精緻化しているのに、現実の経済問題を解決している、あるいは経済問題に取り組んでいるとは思えないことです。日本では、30年間にわたって経済停滞が続きました。格差や子どもの貧困も大きな問題です。それらに取り組まずに精緻化しても、有用とは思えないのです。
4つめは、私が大学で経済学を学んで以降、目を見張るような革新や進歩があったようには見えないのです。

天気予報などは、観測技術とコンピュータによる計算が進んで、精度が向上したようです。このような数式の利用は納得できるます。
門外漢の感想です。経済学者からは反論が、そして「政治学や行政学も同じ、いやもっと有効ではないではないか」との批判が来そうです。