3月2日の日経新聞オピニオン欄に、西條都夫・上級論説委員の「日本が向き合うべき問題は格差ではなく貧困だ 再分配の効率化進めよ」が載っていました。
・・・日本経済をめぐって、過去四半世紀にわたり格差拡大のナラティブ(物語)が繰り返されてきた。非正規労働の拡大や行き過ぎた新自由主義のせいで貧富の差が広がり、昭和時代の総中流社会は過去のものになった、という言説である。
先の総選挙でも、左派系のある政党は「税金は大金持ちから取れ」というスローガンをかかげ、それが格差を縮小する道だと主張した。
だが、本当に格差は広がっているのだろうか。2025年12月に厚生労働省が公表した「所得再分配調査」から浮かび上がるのは、通念とは少し異なる日本経済の姿だ。
それによると、23年の世帯別所得分布の均等度を示すジニ係数(0〜1の値をとり、格差は0に近いほど小さく、1に近いほど大きい)は当初所得では前回調査より上昇したが、再分配所得で見るとほぼ横ばいで、格差は広がりも縮みもしなかった。
世代別にみると、シニア層ほど所得や資産のバラツキが大きいのは周知の事実だ。高齢者の経済環境は長年の仕事の遍歴や人的なつながり、運不運といった個人的な要素を強く反映するので、若い世代に比べ、世代内の格差がどうしても大きくなる(大竹文雄著「日本の不平等」)。
したがって高齢化の進む日本である程度の格差が生じるのは自然な流れで、これが当初所得のジニ係数を押し上げた要因とみられる。
むしろ注目に値するのは、当初所得から税金や社会保険料を差し引き、社会保障給付(公的年金や医療などの現物給付を含む)を加えた再分配所得のジニ係数が横ばいだったことだ。
この傾向は実は今回に限らず、1999年の調査以降、一貫して続いているトレンドで、再分配ジニ係数は0.37〜0.39のボックス内を微妙に上下しているだけだ。
ちなみに人々の意識も驚くほど変化に乏しい。内閣府が24年夏に実施した「国民生活に関する世論調査」では、中流を自認する国民が89%に達し、1.7%の上流や8.7%の下流を圧倒した。
高齢化が世界トップ級の日本で、格差拡大に歯止めがかかっている現状をどう評価すべきか。欠点は多々あっても、税や社会保険などの再分配システムが今のところ何とか機能している証しだろう。
龍谷大学の竹中正治名誉教授は「過去10年以上にわたって人手不足が続き、その間、失業率の低下や最低賃金の上昇、そして非正規から正規雇用への登用が進んだ。これも格差を抑止する効果があった」と分析する・・・
・・・ただ、格差の不拡大を喜んでばかりもいられない。一橋大の小塩隆士特任教授は「所得格差・貧困の近年の動向」という最近の論考で、今の日本経済は「みんな仲良く貧乏に」状態だと指摘した。
米国のように人工知能(AI)長者などのスーパーリッチが大量に誕生するわけでもなく、上流とそれ以外の差はさほど開かない。それはいいとしても、長期に及ぶ低成長の結果、所得分布の重心が低い方向にシフトした。さらに足元では円安による輸入物価、とりわけ食品価格の上昇が家計に重くのしかかる。
今の日本が早急に向き合うべき社会経済のテーマは、おそらく貧困リスクである。
それを浮き彫りにしたのが、総務省が2月に公表した25年のエンゲル係数だ。消費支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数は貧しい世帯や国ほど高く、裕福になると低下することで知られる。
その値が2人以上世帯のケースで25年は28.6%に上昇し、44年前の1981年の水準に近づいた。05年ごろからじわじわ上がってきたが、近年は上げ幅が急だ。円安や天候不順による不作で、生きていくために必須の食品の値段が上がり、生活を圧迫される人が少なくない・・・