「官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で」抄2

2026年2月1日   岡本全勝

「官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で」抄1の続きです。

「財務省がこいつだけは…」
震災が発生して1週間、岡本氏は官房副長官だった故・仙谷由人氏に官邸に呼び出された。被災者生活支援本部の事務局次長となる。
着任して2週間ほどたった時、職場の岡本氏の個室に仙谷氏がふらっとやってきた。会話の中で岡本氏が「なぜ僕を起用したんですか」と聞くと仙谷氏は言った。
「何人か候補がいたなかで、財務省がこいつだけは起用しないでください、と言ったのが君だったんや。君、何か悪いことでもしたんか」
「私は麻生総理の筆頭秘書官をやりましたから。普通は財務省出身者が就くポストだからじゃないですか」
私は仙谷氏にこのやりとりのことをたずねたことがある。岡本さんにそう言ったそうですね、と。仙谷氏はニヤッと笑ってこう答えた。
「人事とはそういうものやな」
仙谷氏一流の言い方だが、財務省が「毛嫌い」した岡本氏のことを仙谷氏はあちこちに聞いてみた。すると剛腕という評判で、それゆえにあつれきも生んできた。だが復興という難しい仕事をするうえでは剛腕くらいがちょうどいい、ということだったのだろう。

岡本氏は当初「自民党の首相の筆頭秘書官だったのに、民主党政権に仕えていいのかなと思った」というが、次第に復興の仕事は「天職」と思うようになった。
「官邸が動く仕組みも知っているし、役人生活で交付税や分権の仕事をしていたので与野党の政治家ともネットワークがある。自治省出身だから、自治体の現場も知っている。霞が関の各省幹部も秘書官時代に知っていたし、福島、宮城、岩手の副知事も知り合いだった」
人脈と経験を生かし、中央と地方、省庁の縦割りをものともせず猛烈に働きまくった岡本氏の様子を、仙谷氏は「霞が関の治外法権」と表現した。
(抄3に続く)