月別アーカイブ:2026年1月

肝冷斎の年末年始

2026年1月4日   岡本全勝

きょうで、正月休みが終わりです。みなさんは、どのように過ごされましたか。

私は、初詣など正月行事を済ませることができました。労働としては、孫の相手。保育園が休みなので、出番が多いです。晴れた日が多かったので、公園に行くことができました。
その時間以外は、載せていなかった新聞記事を、予定稿を含めたくさんホームページに掲載しました。よって、1日に記事が3つある日もあります。そして、連載「公共を創る」の原稿書き。少し本が読めたのですが、新宿に出かけたついでに紀伊國屋に寄って、たくさん買ってしまいました。まだ、好奇心は衰えていません。買っても読み終えることができないのに。反省と学習が足りません。

ところで、肝冷斎は年末年始をどのように過ごしているのでしょうか。
年末は、伊豆大島。まだ修行が足りず、雲に乗っていったのではなく、船を使ったようです。三原山にも登っています。これも、足でですね。年越しと年始は、伊勢の松阪と伊勢神宮。年の初めに伊勢神宮にお参りするとは、殊勝です。
どれをみても、元気なようです。今年も、歴史探検と現地調査に期待しましょう。そうだ、本文の「古典漢文紹介」もです。午年のカレンダー兼双六もどうぞ。

『南緯69度のチーム 南極地域観測隊』

2026年1月4日   岡本全勝

知人に勧められて、原田尚美著『南緯69度のチーム 南極地域観測隊』(2025年、WAVE出版)を読みました。
原田尚美さんは、第66次では女性初の隊長を務めました。これで3度目の南極だそうです。第33次南極地域観測隊(1991年)に女性として2人目の隊員として参加、第60次では副隊長兼夏隊長を務めました。

書店の宣伝には、次のように書かれています。
「本書は、第66次南極地域観測隊において隊長を務めた著者が、日本での訓練・準備期間から、南極での活動の詳細を時系列にそってお伝えしています。
また南極地域観測隊史上、初めての女性隊長として、どのようなことに心を砕いたのか、著者自身の南極の経験とともに伝えます。隊員とのコミュニケーションにおける工夫や配慮、プロジェクトを成功に導くマネジメント、隊員一人ひとりのマインドセットなど、著者の氷の大地で学んだ挑戦と伴走のリーダーシップは、多様性が高まる組織のチームビルディングに悩む読者にもヒントとなる一冊です」

このように、南極観測の概要や基地での暮らしを紹介するのではなく、隊長が114人(うち女性は25人)の隊員をどのようにまとめて、成果を上げるように気を配るか、「管理職の苦労」が書かれています。なので、このホームページでは「仕事の仕方」として取り上げます。
観測担当、基地の運営担当、輸送担当など、さまざまな職場から集まった混成部隊です。しかも、氷点下、吹雪くと外に出ることすらできない過酷な条件、世間から隔絶された場所、休みと言っても遊びに行く場所もなし、いやだと言っても簡単には帰ることができません。各人の心身の健康に気を配り、さまざまな事件事故を乗り切り、集団としての成果を出さなければなりません。会社や役所の管理職がふだん気づかずに行っていることが、ここでは鮮明な形で見えます。

そしてもう一つは、性別固定観念との戦いです。私のような「昭和の男性」は、南極観測隊の隊員も隊長も屈強な若い男性と思い込んでしまいます。あなたは、どうですか。本書は、チームになるためのマインドセット リーダーは男性? ―固定観念はどのようにつくられるのか」から始まります。雪や寒さとの戦いの前に、固定観念との戦いがあるのです。
体験記なので難しくなく、読みやすいです。南極観測隊が、組織としてどのようなものか、関心ある方はお読みください。

正義の倫理とケアの倫理

2026年1月4日   岡本全勝

2025年11月14日の日経新聞経済教室、品川哲彦・関西大学名誉教授の「誰もが誰かにケアされる」から。

・・・稲盛財団は2025年の京都賞を心理学者キャロル・ギリガン氏に授与した。彼女の著作「もうひとつの声で」(1982年)は道徳性の発達理論を一新し、その主張は心理学を超えて倫理学、社会学、政治学、法学などに波及した。
道徳性の発達理論とは善悪をどのようなものと考えるか、その考え方の発達過程を研究するもので、それまでの有力な理論はローレンス・コールバーグ氏の理論だった。それによれば、人は、最初は権威(たとえば親)に服従して得られる自己利益を善と考え、次は周囲や社会への順応、ついで整合的で普遍的にあてはまる法則を善と考える次元に成熟していく(どこまで成熟するかは人による)。

これに対しギリガン氏による調査では、女性は関係者それぞれの事情と必要と意向とを聞き取り、できるかぎりすべての人に受容される解決を模索する傾向がある。そこから彼女は人は誰もが傷つきやすく、他者によるケアが必要だ、と考えることが最終的な成熟だとする発達理論を構築し、これを「ケアの倫理」と名づけ、コールバーグ理論を「正義の倫理」と呼んだ。
両者は成熟とは何か、どのように考えを進めて道徳的判断を下すのか、守るべき重要な道徳規範とは何かにおいて対立し、とりわけ後者2つの争点は心理学から倫理学に引き継がれる。

正義の倫理では、他者への依存からの脱却(自立)と、自他の役割を交換して考えることができる能力の伸長を成熟とみなす。したがって、誰にでもいつでも適用される道徳法則を自分で考え出すことをめざす。自立した者同士のあいだで重視される規範には、平等、自分で生き方の方針を決める自律、その人にふさわしい仕方で処遇する正義、その処遇を受ける資格としての権利、などがある。
他方、ケアの倫理は各人の事情の違いを細やかにくみとり、助けを求める人に進んで応答する能力の伸長を成熟とみなす。今ここで起きている事態の特殊性を踏まえ、適切な対応を考え出すことをめざす。そこで重視される規範は、窮状を察する敏感さや、聞き取る姿勢、他者の求めに応答できることとしての責任、などである。

誰もがケアされるべきだというケアの倫理の要請は、正義の倫理のいう平等と同じようにみえるかもしれない。だがその描像は異なる。正義の倫理が同じ権利が誰にもあることを一挙に高らかに宣言し、その結果、ときとして実質的な平等が実現しているかどうかの配慮を欠くことがある。
これに対し、ケアの倫理では、誰もが自分に関わりのある人々を気づかうことで、そうして編み上げられたケアのネットワークのなかへひとりも取り残さず包み込み、誰もが必ず、誰かにケアされることをめざしている。つながりや結びつきのもとで成り立つ平等なのである(図参照)・・・

拙稿「公共を創る」では、近代市民社会・憲法は自立した個人を前提にしていたが、「弱い人」もいることがわかり、子ども、労働者、病人、障害者、消費者へと「保護の対象」を広げてきたと説明しています。そして、国家が保護・支援するだけでなく、お互いが支え合うのです。国家や神に個別につながる近代市民社会思想に対する、みんなで助け合う庶民の実際という対比とも言えます。
ところで、「ケア」という言葉は、何か良い日本語に置き換えることはできませんかね。

祝・鎌田浩毅先生のベストドレッサー賞

2026年1月3日   岡本全勝

去年11月の話になります(このホームページの加筆ができなかったので)が、めでたい話として。
鎌田浩毅・京都大学名誉教授が、ベストドレッサー賞を受賞されました。
選考理由は、「南海トラフ巨大地震や、それに誘発される富士山の噴火を予測し、対策と減災に警鐘を鳴らし続ける地球科学者の鎌田浩毅さん。その啓蒙の手段として自身が目立つようにと開眼したファッションのため教授時代のボーナスはすべて服につぎ込み、現代アートをファッションに取り入れるのが最近のテーマだという、趣味を超え道楽とまでのめりこんだベストドレッサーです。」とあります。
紹介本の写真も、奇抜です。私には、まねができません。

政府が多文化共生に責任を

2026年1月3日   岡本全勝

12月17日の朝日新聞オピニオン欄に、鈴木康友・静岡県知事の「外国籍住民とともに 395万人の生活者 国が一元化すべき 地域での社会統合」が載っていました。詳しくは記事をお読みください。

・・・外国人の入国、在留の管理をより厳格にする検討を、政府が進めている。静岡県知事の鈴木康友さんは、全国知事会が今年、多文化共生社会の実現に責任をもって取り組むよう政府に求めた提言の取りまとめ役を務めた。日系ブラジル人住民が多い浜松市長も経て直面した、地域社会の切実な課題とは何か・・・

――全国知事会はなぜ、このような提言をしたのですか。
「今年6月末現在、395万人もの外国人が日本で暮らしています。それなのに、国はその存在をもっぱら労働力としてしか見ておらず、生活者である、という視点を欠いてきました」「労働力が足りなければ入れればいい、という程度の認識かもしれませんが、この方たちはロボットではなく血の通った人間です」
「政府は『移民政策はとらない』という一方、技能実習制度や留学生によるアルバイトなどで労働力を確保する、ダブルスタンダードを続けています。あいまいなまま受け入れ、実際の対応は、地域に『丸投げ』の状態でした」
「国が受け入れについて明確な方針を作り、国と地方、それぞれの役割を規定すべきだと考えています」

――浜松市は2001年に外国籍住民が多い他の自治体に呼びかけて「外国人集住都市会議」を設立し、鈴木さんは市長として国に政策提言を重ねていました。
「自治体にとって、外国人はそこに暮らす生活者であり、向き合わざるをえない存在です。日本語教育や生活支援、子どもの教育といった課題は、受け入れ自治体に任せられてきました」「文化の違いからくる生活習慣の違いなど、さまざまな課題がありますが、とりわけコミュニケーションの問題が大きい。日本で生きていくには、生活全般で日本語が必要になります」
「これに直面したのは、浜松市長だった2008年のリーマン・ショックのときでした。多くの日系ブラジル人が雇い止めにあいました。製造業の現場では、仕事さえ覚えればコミュニケーションはさほど必要なかったのですが、いざ転職を迫られたときに障害になったのが、日本語ができないということでした」「そこで、浜松市と合併した旧町の庁舎に外国人向けの学習支援センターをつくりました。今でもその施設は活動を続けています」

――家族で在留している人たちもいますね。
「併せて、子どもたちの教育にも力を入れました。しっかり教育を受けてもらわないと、成人してから日本での独り立ちが難しく、就職などで苦労があります」「市の予算でポルトガル語やスペイン語の分かる支援員を学校に派遣しました。今もNPOなどと協力して続けています」
「就学していない子どもを追跡調査して、教育を受けてもらうことにも努めました。外国人には『教育を受ける権利』はあっても、『教育を受けさせる義務』は課されていない。親が勝手に学校に行かせないと判断してしまったり、日本語が分からず授業についていけずに不登校になったりと、さまざまな事情がありました。細やかな対応が求められます」

――国に求める役割とは、どんなことですか。
「知事会の提言では、日本人と外国人が共生する施策の根幹となる基本法を作ること、外国人施策を一元的に進める、たとえば『外国人庁』のような組織を作り、しっかり予算を確保してください、と求めています」