キャノン、職務給への改革

2026年1月31日   岡本全勝

日経新聞・私の履歴書、1月は御手洗冨士夫・キャノン会長でした。1月26日の「三自の精神 実力主義、ベア・定昇廃止」から。
・・・社長就任から6年後、2001年12月期の連結決算は売上高、営業利益いずれも過去最高を更新した。経営改革は余力のあるうちに済ませた方がいい。その前年のうちから着手していたのが、人事・賃金制度の改革だった。
医者でもあった初代社長の御手洗毅は、何より健康を優先する健康第一主義、社員が互いに尊重し合う新家族主義、そして公正公平な実力主義を掲げた。そのうち、実力主義の公正さに疑問がわき始めていたからである。
社員の処遇制度で気づいたのは、個人の成績に関係なく全員一律で決まるベースアップ(ベア)、同じ仕事でも家族構成によって支給額が違う手当の存在だった。
それが本当の実力主義なのか。腑に落ちなかった。

私の持論は「サイエンスとファイナンスはインターナショナル。人事はローカル」である。社員は、それぞれの国の国民であるから、その国の文化や伝統を踏まえた経営をすることが合理的といえる。
日本でいえば、終身雇用には長期的な視点で社員が仕事に取り組める利点があり、やめるつもりはない。ただし、実力主義の徹底が前提だ。
見直し作業は職務の分析からだった。全社の仕事内容を6800に分類し、仕事内容を基準に賃金水準を決めた。仕事内容に処遇がひもづく職務給の考え方である。まず管理職向けに導入し、2005年には全社員に適用した。

当時のキヤノン本体の社員は2万5000人。新しい制度を定着させるには、その目的を全員が理解していなければならない。内容は1泊2日の合宿で伝えた。海外にも説明担当者を派遣した。
「会社の発展と従業員一人ひとりの人生の発展が重ならないといけない。それを一緒に求めたい」。労働組合の幹部に私の思いをぶつけると、協力を約束してくれた。それまで積み重ねてきた労使の信頼が生きたと思う。
気を配ったのが公正であることだ。評価する側だけでなく、評価される側にも5段階評価で使う40のチェックポイントを勉強してもらい、互いに議論できるようにした。
新しい賃金制度を導入した後、キヤノンから姿を消したのがベアと定期昇給、そして春闘だった。今は個人の成績に応じて昇給するほか、物価の動きなどを見て労使が賃金水準を確認している。

後から思うと、創業のころから続く行動指針「三自の精神」が社内に根づいていたのだろう。何事にも自ら積極的に取り組む自発、自分を律する自治、自分の立場や役割を理解して行動する自覚という3つの「自」である。
一人ひとりが自立した企業人だからこそ、新しい実力主義を受け入れてくれたのかもしれない。日本流でも米国流でもないキヤノン流が会社を動かすようになっていた・・・

御手洗会長には、経済財政諮問会議でご指導をいただきました。先日亡くなられた丹羽宇一郎・伊藤忠会長と一緒にです。私は内閣府で経済財政担当の官房審議官でした。案件について本社に説明に上がった際に、いつもそれぞれエレベーターまで送ってくださいました。私が恐縮していると、「これが礼儀だ」と教えてくださいました。それまで私は役所で客と会った際に、自席で別れていたのです。官僚の常識は世間の非常識でした。