2025年12月1日の日経新聞経済教室、小野浩・一橋大学教授の「点検・働き方改革」「生産性重視に一定の成果」から。
・・・働き方改革は、2016年に発足した政府の「働き方改革実現会議」の議論を契機に動き始めた。19年には残業時間の上限などを定めた働き方改革関連法が施行され、本格始動した。改革の成否を数値で評価するのは時期尚早かもしれないが、働き方に対する人々の意識を変えるきっかけをつくったことは確かである。
働き方は量から質へと確実にシフトしており、そのモメンタム(勢い)が醸成されてきた。ここでは働き方改革で日本人の働き方がどう変わったのか点検したい。働き方改革は長時間労働の是正、柔軟で働きやすい環境の整備、非正規雇用の処遇改善という3本柱から構成されるが、主に最初の2点について論じる・・・
・・・日本で長い間主流であった「昭和型の働き方」は労働人口が増え続け、労働力を常に確保できることを前提とし、成果が出ない場合は労働時間で賄うインプット重視の働き方であった。実際に昭和期には労働者1人あたり年間の総実労働時間が常に2千時間を上回ったが、長時間労働はあまり問題視されなかった。
また安定や組織への忠誠が重視され、個人の幸福度は軽視された。男性中心の働き方でワークライフバランスは考慮されず、長時間労働は忠誠心の証しであり、美徳とされた。
しかし平成に入り、生産年齢人口(15〜64歳)が1990年代後半にピークを迎える一方、長時間労働がもたらす生活の質や幸福度の低下、過労死、少子化への影響が問題視されるようになった。
このため政府は働き方改革関連法を通して、それまでは行政指導であった残業時間の上限を法律で明確に規定し、罰則も科すようになった。働き方改革は生産性と幸福度を重視する働き方、つまり量から質へと働き方の軌道修正を図るものだったが、その意図はどこまで実現しただろうか。
図に示すように、日本の総実労働時間は1990年代から減少の一途をたどっている。ただし背景には非正規労働者の拡大もある。労働時間が短い非正規労働者の比率が正規労働者に対して拡大すると、労働者全体の平均値をとった総実労働時間は減少する。
一方、非正規を含まない一般労働者のみの労働時間の推移を見ると(図参照)、2010年代後半までほぼ横ばいであることが分かる。働き方改革関連法が施行された時期に注目すると、18年には年間2010時間だった労働時間が翌19年には1978時間まで急減した。20年前後には新型コロナウイルス禍の影響もあったが、以降は法施行前よりも減少している。
働き方改革の2つ目の側面である「柔軟で働きやすい環境整備」の一環として有給休暇取得が後押しされ、関連法で有給休暇の年5日取得が義務化された。それまで休暇取得は労働者任せとされていたが、職場の空気を気にして取得できない人もいた。義務化後は企業(雇用)側が取得を促す仕組みが整備された。
図に示すように、長いこと横ばいだった有給休暇取得率が19年以降には急伸している。また長い間10%未満であった男性の育児休暇取得率も近年は急上昇し、24年度には40.5%を記録した。ただし国際比較で見ると、有給休暇日数・有給休暇取得率はいずれも常に下位で、いまだに取りたくても取れない人が多いことを示唆している・・・
・・・とはいえ働き方を巡るデータの大きな変化を目にすれば、働き方改革が長時間労働の是正と柔軟で働きやすい環境の整備に一定の貢献を果たしたと言えるだろう。改革は量から質へ、インプットから生産性重視へ軌道修正するきっかけを作り、よりよい働き方へのモメンタムを生み出した。また、今までは働き方の議論から抜けていた、幸福度の重要性への認識を広めたことも大きく評価できる。
今後の働き方改革では、行政(または企業)が、働く側をどこまで管理すべきかが本質的な論点になっている・・・
・・・働き方の理想の姿とは、労働者が自主的に自分のペースをコントロールして働くことだ。幸福度の高い人は生産性も高い。「フロー体験」といわれるように仕事に没頭し、時間を忘れるほど深く集中し、大きな成果を生み出す人もいる。
例えば残業時間規制やインターバル制度の導入は、労働者の立場を守る一面、もっと働きたい人の意欲をそぐようなことであってはならない。「つながらない権利」が導入されても、職種によっては不都合が発生することも考えられる。勤務時間外に対応するか否かは本人の意思で判断できることが望ましい。
働き方が管理されすぎると、個人の自由が侵害されると思う人も少なくないだろう。重要なのは自発的な働き方を促し、非自発的な働き方を減らすことだ・・・