誤りだった「文明の衝突」

2026年1月6日   岡本全勝

2025年12月26日の日経新聞オピニオン欄、ジャナン・ガネシュ氏の「誤りだった「文明の衝突」 紛争は仲間内から生じる」から。この後の分析は、記事をお読みください。

・・・「文明の衝突」を著した米ハーバード大の政治学者サミュエル・ハンチントン氏が、2008年に亡くなる前に「ほら、私の言う通りだった」と述べたとしても、さほど反論は受けなかっただろう。
米国は当時、すでにイラクとアフガニスタンでの作戦に何年もどっぷりはまっていた。西側諸国とイスラム世界との間で生じたこうした暴力は、かつて世界を複数の文明に分類し、それらの衝突を予見したハンチントン氏の正当性を証明したかに見えた。
我々の新たな千年紀が多くの混乱とともに幕を開けたので、彼には「先見の明がある」という言葉がついて回った。
「良いタイミングで亡くなった」などと言うのは失礼だ。だがハンチントン氏が存命だったら、世界を完全に読み違えたとして、あの米政治学者フランシス・フクヤマ氏と同様に厳しい批判を受けていただろう。

現在、重大な対立は文明と文明の間ではなく、文明内部で起きている。文明という言葉がかくも多用されつつ(米政府が先日発表した「国家安全保障戦略」も欧州の「文明消滅」について語っている)、これほど役に立たない時代も珍しい。
今の紛争が起きている場所を見てほしい。ウクライナ戦争は少なくともハンチントン氏の分類に従えば「東方正教会文明」の内部で起きている。中国本土と台湾の対立も同じ文化圏内の争いだ。ハンチントン氏はこの文化圏を中華文明と呼んだ。
世界で今、最も死者を出している紛争と思われるアフリカのスーダンの内戦も、まとまりのある宗教的、あるいは文化的な集団同士の戦いではない。それどころか同内戦の当事者を支援する外国勢力の一方にはアラブ首長国連邦(UAE)が、他方にはエジプトが含まれており、異なる文明圏というより大半が同じイスラム圏の勢力だ。
イスラエルとパレスチナとの問題は文明間の衝突に近いかにみえるが、今の世界紛争の典型例とは言えない。この局地的な紛争にかくも部外者が注目するのは、文明間の対立として理解(もしくは誤解)しやすいからで、誰もが想定できる紛争と言える。

今日の様々な対立の境界線はそれほど明確ではない。ハンチントン氏の主張で最も批判を招いているのは、イスラム教には「血なまぐさい境界線」があるというものだ。ほかの文明と接触した時、および場所から争いが始まるというのだ。
だが過去10年が示す証拠は、イスラム諸国にとっての標的はほかのイスラム諸国かに見える。イランとサウジアラビアの代理戦争、エジプトと湾岸3カ国(サウジ、UAE、バーレーン)による17〜21年のカタールとの断交、そして12月上旬にイエメンで続く内戦でUAEが支援する反政府組織が、サウジが支援する政府軍に対し大きく前進したことを考えてみてほしい。
これに11年に始まったシリア内戦と、そのきっかけとなった10年末に始まった中東の民主化運動「アラブの春」もそうで、「血なまぐさい」衝突は文明間ではなく同じ文明内で起きている・・・