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佐伯啓思さんが見る戦後80年 「ごっこの世界」は終わらない

2025年7月12日   岡本全勝

6月27日の朝日新聞、「佐伯啓思さんが見る戦後80年 「ごっこの世界」は終わらない」から。断片的に紹介しますが、意味が取りにくいので、原文をお読みください。

・・・この8月15日で戦後80年を迎える。それにしても、いつまで「戦後○○年」といい続けるのだろうかとも思うが、理由は簡単で、いまだにあの大戦の意味づけが確定できないからであろう。
戦争の意味づけができなければ、戦後という時代を見る確かな尺度も存在しない。戦争の意味づけとは、いいかえれば歴史観であるが、それなりの歴史観がなければ、「戦後」の歴史解釈もまた不確定なままであろう。
にもかかわらず、戦後の日本は、冷戦下での米国への追従によって、世界史の中でもまれに見る平和と経済発展を遂げた。戦後の最大の課題である、生存の確保と生活の安定、つまり平和の維持、およびその延長上にある経済的な豊かさはほぼ達成した。そのためには「過労死」などという言葉が英語になるほど、日本人はよく働いた。自民党政権が言い続けてきた「平和と繁栄」はおおよそ実現したといってよい。
だがそれで何かをなしとげたという自信や確信があるかといえば、どうも心もとない・・・

・・・少し象徴的にいえば、私は、ある意味で、1970年に「戦後」はひとまずの区切りをもっていたと思う。現在、大阪・関西万博が開催中であるが、70年には、日本で初の万国博が大阪で開催された。それは日本の戦後復興の完成であり、高度成長の頂点であった。同時に、この時代は、思想的には左翼全盛期であり、左翼学生運動の最終幕であり、また、かねて、沖縄返還がなければ戦後は終わらない、と宣言していた佐藤栄作首相のもとで返還が実現した時代である・・・
・・・それを江藤は「ごっこの世界」と呼んだ。たとえば、左翼系の学生運動はせいぜい「革命ごっこ」であり、自民党の唱える自主防衛もまた「自主独立ごっこ」でしかない。三島由紀夫の「楯(たて)の会」も「軍隊ごっこ」である。
そこには、厳しい現実に直面した身を切るような経験がない。皆が「ごっこ」に参加させられている。そしてその理由は、防衛にせよ、経済にせよ、戦後日本の基本構造は、あくまで米国によって作り出され、また支えられてきたからである。

米国は、日米安保体制によって日本の安全を維持するとともに、日本を冷戦下で共産主義に対する前線基地とみなした。また、日本の経済復興を支えると同時に、日本を米国の重要な市場ともみなした。つまり、戦後日本の「平和と繁栄」は米国の支えなしにはあり得ず、それはまた、日本が米国の国際的な戦略に編入されることを意味していた。
端的にいえば、戦後日本の「平和と繁栄」は、米国の「力」への追従と無関係ではない。その意味では、もっぱら「平和」を唱えた左翼護憲派も、他方で「繁栄」を主張した自民党的保守派も同じことである。両者による戦後日本の対立軸も、結局、米国の軍事力と世界戦略のもとでの「対立ごっこ」であった。
こういう世界では、本当の政治的課題は存在しない。なぜなら、真に重要な政治課題とは、自らの意思と手で「日本という国家」を造形するものであり、それこそが「公的なもの」だからである。しかし、「ごっこの世界」には真の「公的なもの」は存在しない。
江藤のいい方を借りれば、公的なものとは、自分たちの共通の価値の自覚にあり、それは、自らの生を共同体の運命として引き受けることである。だから「公的なもの」の方向指示器を米国に委ねれば、日本の政治から「公的なもの」という感覚が失われるのも当然であろう。その結果、日本の政治にあっては、もろもろの「わたくしごと」が政治空間を占拠した。

これが70年に江藤が述べたことである。ところで、彼は、論考の後半で、戦後日本の「ごっこの世界」はいまや終わりつつあるという。「ごっこの世界」とは、リアルな現実に直面しない一種の楽園であるが、この楽園の出し物はもう終わりを迎えつつある・・・

東京都庁幹部研修

2025年7月11日   岡本全勝

今日7月11日は、東京都庁の幹部研修「行政経営研修」の講師に行ってきました。
都庁の「研修別計画内容」では、2 幹部研修 (3) 幹部研修(悉皆以外)(15ページ)に位置づけられています。
「外部有識者や都庁トップ層との意見交換、研修生間のグループ討議を通じて、
①自分を再認識する。
②新たな知見を得て、都政運営に必要な経営センスを磨く。
③相互に受容・感化しあう人間関係を構築する。」とあります。

今日の参加者は各局の総務課長で、これから部長、局長を目指すまさに幹部候補です。このような人を相手に講義できることは、やりがいがあります。主催者の要請により、講義と班別討議を組み合わせました。難しい課題で、短時間のうちに答えを出さなければならない、そして正解はない設定ですが、皆さん、さすがでした。反応が良いと、話している方も元気が出ます。

都庁は、警察、消防、教育を除いても、約3万人という巨大な組織です。私も県の総務部長や国で次官を務めましたが、3万人の組織は実感がわかないので、事前にいろいろと事情を教えてもらって臨みました。

白亜紀の海、イカだらけ

2025年7月11日   岡本全勝

7月7日の朝日新聞夕刊が「白亜紀の海、イカだらけ」を伝えていました。
・・・恐竜がいた白亜紀時代、海の中はイカだらけだった――。こんな研究成果を、北海道大学などの研究チームが科学誌サイエンスに発表した。アンモナイトのように硬くて残りやすい殻を持たず、これまで見つけることが難しかったイカの化石を、特殊な装置を開発することで、約1億年前の岩石の中から大量に発見することに成功した。

イカはアンモナイトが恐竜とともに約6600万年前に絶滅した後、殻を持たずに泳ぐ能力を向上させ、多様に進化したと考えられてきた。
北海道大学の池上森(しん)研究員や伊庭靖弘准教授らは、イカの化石も岩石の中に隠れて残っていると考えた。注目したのが、イカのあごにあたるくちばしだ。「からすとんび」とも呼ばれる。
ただ、イカのくちばしは、もろくて壊れやすく、岩石に化石が含まれていたとしても、取り出すのが難しい。チームは北海道の各地で見つかった約1億~7千万年前の海でできたこぶし大の岩石35個を、全自動装置で少しずつ削りながら写真をたくさん撮影。それを積み重ねてフルカラーの3次元画像データを作り、データを分析した。

調査の結果、長さが平均3・87ミリのイカの下あごのくちばしが263個見つかった。形などの特徴からイカの新種39種を含む40種に分類できることがわかった。大きさは現在のイカとだいたい同じで、15~20センチと推定された。
岩石からは、特徴が異なるアンモナイトやタコが持つくちばしの化石も見つかったが、イカのくちばしが最も多く、アンモナイトが絶滅する前から、イカが栄えていたことがわかった。伊庭さんは「白亜紀の海は、従来の定説に反してイカだらけだったことが明らかになりました」と話している・・・

ナメクジなども化石が残らないでしょうから、いつ頃からどのくらいいたのかは、よくわからないのでしょうね。

連載「公共を創る」第228回

2025年7月10日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第228回「政府の役割の再定義ー異論に耳を傾けることの大切さ」が、発行されました。

政治家と官僚の関係がうまくいっていないことの説明を続けています。
国会議員が官僚を怒鳴ることは、過去からありました。私もで何度か、そのような目に遭ったことがあります。説明を求められて議員会館の事務所に行った際に、議員の意向に添えないことを説明したら、罵倒されたことがありました。長時間、半ば「監禁状態」に置かれたこともあります。当時はそれが当たり前と思っていましたが、いま考えると変なことでした。
そのようなことが行われたのは、官僚が「力を持っている」「政治や政策を決めている」という前提があったのではないかと思います。政治家が自らの意思を通そうとするなら、個々の官僚を怒鳴って従わせるのではなく、政治主導によって実行すればよいのです。

第2次安倍政権時代以降、「野党合同ヒアリング」と呼ばれる場が、しばしば開催されました。野党議員が合同で、会議室に各省の官僚を呼んで、特定の政策や案件について質問をするのです。そして時に官僚を怒鳴りつけ、官僚が無言のまま立ち往生したり、頭を下げて謝るといった場面がありました。その様子は動画サイトで中継され、「官僚つるし上げ」ともいわれました。

旧自治省では、「二度は反論して良い」と教えられました。さすがに政治家には二度も反論することは控えましたが、状況を見て異論を言うことを試みました。
私の話を最も聞いてくださった(ただし意見を容れてくださるかどうかとは別です)のが、麻生太郎・総務大臣でした。そして、首相を目指しておられた麻生大臣から、政策についての意見を求められるようになりました。
2008年9月に発足した麻生内閣で、筆頭格の首相秘書官に起用されました。首相秘書官になっても、このような関係は変わりませんでした。というより、他の人が言わないこと、時に首相にとっては「耳の痛いこと」を言うのが、私の任務だと考えていました。

10代の居場所をつくる

2025年7月10日   岡本全勝

6月28日の読売新聞夕刊に「10代の居場所 全国に続々 共働き世帯増、教員不足」が載っていました。

・・・中学生や高校生が安心して過ごせる「居場所」作りに取り組む自治体が増えている。家庭や学校だけでは、悩みが多い若者をサポートできなくなっているからだ。居場所が増えることで、自己肯定感やチャレンジ精神が高まる効果も期待されている。

千葉県柏市のJR柏駅近くにある「中高生の広場」は5月下旬の夕方、70人の中高生でにぎわっていた。
無料の飲み物を手におしゃべりする女子高生や、黙々と自習する男子高生、備品のトランプやボードゲームで盛り上がる中学生もいる。市職員や大学生スタッフの5人は子どもと談笑したり、静かに見守ったりしている。
広場は昨年12月、百貨店だった建物を改装した複合施設の5階に、同市が開設した。月曜日を除く平日は放課後の午後3時半から、土日や長期休みは午前9時から開く。300人以上が集まる日もある。
ボードゲームで遊んでいた高校1年の磯野泰希さん(15)は「無料で自由に過ごせて居心地がいい。秘密基地みたい」と笑顔だ。

居場所作りに取り組む認定NPO法人カタリバ(東京)の調べによると4月時点で、少なくとも40自治体が中高生の居場所を設置している。同法人の吉田愛美さん(33)は「共働き世帯の増加や学校の教員不足もあり、人間関係や進路など悩みの多い10代に、家庭や学校だけで向き合うには限界がある」と指摘する。

こども家庭庁も、2023年末に策定した子どもの居場所作りの指針で、地域のつながりの希薄化や、不登校や虐待の件数が増加する現状を踏まえ、子どもの居場所作りに取り組むよう各自治体に促した。
神奈川県鎌倉市は昨秋、青少年会館の2階に中高生の居場所「COCORU(ココル)かまくら」を新設した。市職員が2人常駐する。市の担当者は「悩みがあっても、学校や家庭で助けを求められない中高生は多い。親や先生以外の地域の大人と信頼関係を築く場所にしたい」と意気込む・・・