月別アーカイブ:2025年9月

人工知能の愛着が生む危険

2025年9月2日   岡本全勝

8月20日の日経新聞オピニオン欄、リチャード・ウォーターズさんの「AIへの愛着に潜む危険」から。表題には「AIへの愛着」とありますが、記事を読むと「AIの愛着」とも考えられます。

・・・チャットボットとの会話が日常になるにつれ、ユーザーの一部は新しい行動パターンを示しはじめ、これが深い依存関係を招いていることに、テクノロジー企業も気づきはじめている。
多くの人々がAIを純粋に便利なデジタルツールではなく、セラピストやライフコーチ、創造力を刺激する存在、または単なる話し相手として扱うようになっている。米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は、近い将来「何十億もの人々」が、「人生の重要な決断」について「Chat(チャット)GPT」に助言を求めるようになると予測する。
このように個人的なニーズを満たす方法を習得した企業は、ユーザーと深い関係を築く機会を得られる。しかし、これにはリスクも伴う。新しい技術にありがちなことだが、最前線で取り組む企業は慎重に物事を進めるよりも、問題が発生してから対応する傾向が強い。

オープンAIで最近起きた2つの出来事は、その可能性とリスクの両方を浮き彫りにした。
オープンAIが4月にリリースした「GPT-4o」の新バージョンが、憂慮すべきほどユーザーに迎合する振る舞いをするようになった。その結果、同社の言葉を借りれば、「(ユーザーが抱える)疑念をまるで正しいかのように認めたり、怒りをあおったり、衝動的な行動を促したり、否定的な感情を助長したりする」事態を引き起こした。
一連のネガティブな行動や感情を増幅させるきっかけになったのは、人々がチャットGPTに「極めて個人的な助言」を求める動きが、予想外に急増したことだと同社は説明している。AIは人々の役に立つ存在として設計されていたが、ユーザーが持ち込んだ個人的な感情を増幅させる傾向があまりにも強すぎたのだ。

そして、オープンAIが7日に発表した待望の新モデル「GPT-5」で、チャットGPTの基盤となる技術に過去2年間で最大規模の変更が加えられた。この出来事は思わぬ反発を引き起こした。同社の旧モデルに依存するようになっていたユーザーが、後継モデルは共感力がはるかに低いと感じたのだ。
アルトマン氏によれば、この反発は「過去のどの事例とも異なる、強い」ユーザーの愛着レベルを浮き彫りにした。旧モデルは、多くのユーザーが自身を肯定してくれていると感じさせる特性を備えていたため、その消滅は深刻な個人的喪失感につながった・・・

講義、全員の満足は難しい

2025年9月1日   岡本全勝

市町村職員中央研修所では、研修生に、各講義の評価を求めています。内容について良かったか、知識や考え方が習得できたかなど、科目と講師についての評価です。その評価を基に、内容や講師を入れ替えることなどを検討します。
一流の講師を選んでいるので、それぞれに高い評価が得られますが、高い低いの差が出ます。

そして、全員を満足させることはなかなか難しいのです。同じ研修や講師について、ある人は「難しかった」と評価し、別の人は「やさしかった」と評価します。多くの研修生が高い評価をつけているのに、一部に不満を持つ研修生もいます。
その人の経験や知識、学びたいことに違いがあって、評価に違いが出るようです。集合研修では、仕方がないことでしょう。

私が講義することもあり、それも評価の対象になります。また、自治体の職員研修講師を務める場合で、参加者の評価を送ってもらうこともあります。参加者の反応は話していてわかります。高得点をいただくことも多いのですが、なかなか満点近くにはなりません。一定割合の不満者が出るのです。難しいものです。

評価が高いのは、経験談、特に失敗とそれによって得た教訓とそれを学んで次から修正した話です。
また、一方的な話より、質疑や班別討議が、参加者の満足度が高くなります。質問は、かつては手を上げない参加者が多かったのですが、最近はかなり活発です。一人が質問すると、次々と手が上がります。で、誰も手を上げないときは、こちらから指名することもします。「この人なら、話してくれるだろうな」という人は、講義中にわかります。

新型コロナが生んだ不信

2025年9月1日   岡本全勝

8月20日の朝日新聞「変容と回帰 コロナ禍と文化 5」「互いに、政治に、社会に「不信」」から。

・・・国内で市中感染が広がりはじめた2020年3月。新型コロナウイルス対策の特別措置法が成立し、緊急事態宣言の可能性が高まっていた。
個人の自由を尊重する民主主義のもとで、移動や集会の制限はどこまで許されるのか。当時、政治社会学者の堀内進之介さん(現・立教大特任准教授)に聞いた。「緊急時には人権を総体として擁護するために、一部の私権を制限する必要がある」。そんな見解の一方で、堀内さんは古代の共和政ローマの例を挙げながら、つけ加えた。「あいまいな理由で緊急時の権力を振るっていいわけではない」

あれから5年。コロナ下の状況について、再び聞いた。
「政治の責任をうやむやにしてはならないという懸念が現実になった。よくも悪くもロックダウン(都市封鎖)などの強い権力を行使せず、『自粛』という形で実質的な強制力が働きました」
法的強制力のかわりに、同調圧力にものを言わせた「自粛警察」が人々を追いこんだ。「『空気』による強制は、市民社会への『丸投げ』でした。極限状態に置かれた医療従事者も、営業自粛を余儀なくされた飲食店の関係者も、互いの善意に期待するしかなかった」・・・

・・・加えて、コロナ禍からの回復期には「V字回復」ではなく「K字回復」、二極化が起こったという。
「医療や介護など対面で働くエッセンシャルワーカー。地方から上京したばかりの学生。不自由の直撃を受けた人も、受けなかった人もいた。大きな不均衡が生じました」
自分の意見や行動が政治や政策に少しでも影響を与えていると感じる「政治的有効性感覚」が下がり、既存の政党への期待度も下がった。
「政治だけでなく専門家への不信が高まり、科学技術やメディアを含めた既存のシステム全体に不信が及ぶ『三重の不信』が生じました」・・・