4月25日の読売新聞「デジタル教科書の拡大」から。
・・・中央教育審議会の作業部会が、紙と同様にデジタル教科書を「正式な教科書」に位置づけることを提起している。作業部会では、国民や教育関係団体からの意見を踏まえ、今秋までに結論をまとめる見通しだ。デジタル教科書の特性について、識者3氏に聞いた・・・
酒井邦嘉・東京大教授の発言
・・・人間の脳の特性を踏まえると、学習に最も適しているのは紙媒体だと言える。
人間の脳は、いつ、どこで、誰が、何をしたかをエピソードとともに覚える。紙の教科書であれば、どのページのどこに書かれていたかの位置関係や、手触りといった様々な手がかりがあり、内容を深く記憶することが可能になる。
NTTデータ経営研究所や日本能率協会マネジメントセンターと行った共同研究では、紙の手帳に予定を書き留めると、スマートフォンなどの電子機器を使う時よりも短時間で記憶できた。手帳に書き込んだ内容を思い出す時の脳の状態は、電子機器より、言語、視覚、記憶に関わる領域の血流が増え、活発に働いている様子が確認された。
海外の研究でも、紙の方が脳の働きを促し、理解度を深めることが判明している。
スウェーデンのカールスタード大学などが行った実験では、大学生を二つのグループに分け、パソコンの画面と紙とで、同じ内容を読んだ際の理解度を比較した。一つのグループは電子ファイルにした文章をパソコンの画面で読み、もう一方は印刷した紙で読んだ。読解テストを実施したところ、紙で読んだグループの方が成績が高かった。紙の方が、与えられた情報を脳の中で関連した記憶と結びつけ、よりよく理解することができていた。
ノルウェーでも高校生を対象とした同様の実験が行われ、こちらでも紙で読んだグループが良い成績を上げた・・・
・・・国は学習用端末を配備し、教育のデジタル化を急ピッチで進めようとしている。だが、デジタルの利点は教育において、むしろ裏目に出ることが多い。
最近の教科書にはデジタル教材につながるリンクが多く載っているが、情報過多となり、逆効果だ。リンクがある度にそのまま読み進めるかどうかの判断を迫られる結果、思考を巡らせながら読むことができなくなり、理解の妨げとなる。
検索機能や動画の視聴など、様々な機能があるほど便利にはなるが、その一方で思考力や創造力が奪われ、人間は脳を使わなくなってしまう。
偉大な科学者たちは紙の本とノートで学び、革新的なアイデアを生み出してきた。子どもたちの脳の成長を促すためには、紙を使用した質の高い教育が欠かせない・・・
アンデルス・アドレルクロイツ、フィンランド教育相の発言
・・・フィンランドの一部の都市では、デジタル教科書から紙の教科書へと回帰する動きが出てきている。紙の本の重要性が再認識されているためだ。
デジタル化社会を見据え、児童生徒一人一人にノートパソコンを配布するなど、教育現場ではICT(情報通信技術)を早いうちから導入してきた。子どもの学習意欲やICTスキルを高めることが期待されていた。
だが残念ながら、世界の15歳の学力を測る「PISA(国際学習到達度調査)」の成績は、低迷傾向にある。初回の2000年にフィンランドの読解力は世界トップとなったが、直近の22年は14位と、この20年間で徐々に順位を下げてきた。数学と科学の分野も、それぞれ同様に下降線をたどっている。
読解力が低下した背景には、紙の本を以前に比べて読まなくなったことがある。社会や教育の場でデジタル化が進み、子どもたちの読書量が減った。それにより、集中力を維持できず、長文の内容がつかめないなどの悪影響を及ぼすようになったとみられる。
読解力は他の教科の成績と強い相関関係があり、全ての学びにつながる最も重要な力だ。政府は子どもたちの基礎学力を向上させるため、7歳~12歳を対象に「読む」「書く」の授業時間を増やすことを決めた。
子どもには、紙の本を読んでゆっくりと考えさせる教育的アプローチの方が有効だと考える。完全に教材をデジタルに移行した学校もあるが、今後は全ての子どもたちが紙の教材を使えるようにしたい・・・