年別アーカイブ:2024年

なんとかなる

2024年8月7日   岡本全勝

なぜか忙しい」の続きです。「7月と8月」に書いたように、なんとか乗り切れました。なぜ、乗り切れるのか。私たちの仕事の多くは、締め切りがあり、その時点である程度のものができていたら、それで許されるのです。

もちろん、資料作成でも原稿執筆でも、「何も書けていません」では、失格です。他方で、「これが満点だ」という基準も、たいていの場合はありません。評価者は、上司であったり、先生であったり、編集長です。その人たちが「仕方ないなあ、この程度でも」と思ってくれたら、それで乗り切れたことになるのです。
満点をもらいたかったら、事前にその評価者に半製品を持ち込んで、何度も打ち合わせをして、評価者の納得を得るようにしなければなりません。でも、そこまで必要のないものなら、「この程度で許してもらおう」と考えて、そこそこのできばえで提出することができるのです。完璧を目指したいのですが、なかなかそうはいきません。でも、すんでしまうと、次の仕事に取りかかるので、不本意だったことも忘れてしまいます。
これは、『明るい公務員講座』にも書いたことです。

しかし、機械や電算機のプログラム作成の場合は、この「この程度で許してもらおう」が通じないのです。完成しない機械は動かず、完成しないプログラムでは誤作動します。自然科学の世界と、社会科学・人文科学との違いとも言ってよいでしょう。

カスタマーハラスメントは経営の課題

2024年8月7日   岡本全勝

7月24日の読売新聞に、小林祐児・パーソル総合研究所上席主任研究員の「カスハラ 喫緊の経営課題」が載っていました。

・・・顧客からのひどい暴言や不当な要求などを受ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題になっています。
パーソル総合研究所が2~3月に約2万人を対象に実施した調査では、顧客折衝があるサービス職のうち35・5%が過去にカスハラを受けた経験があると回答しました。3人に1人の割合で被害を受けており、カスハラは働き手の大きな負担になっています。
被害内容をみると、「暴言や脅迫的な発言」や「威嚇的・乱暴な態度」が多い結果となりました。法律上はグレーな行為が多く、刑事事件として扱うのは難しいのが特徴です。
カスハラで報じられることが多いのは消費者向けですが、法人向けの営業の現場でも「強引に飲食に誘われた」といった事例もあります。うちは消費者向けの企業ではないからカスハラは関係ない、ということではありません。

カスハラの加害者の属性をみると、男性かつ40歳代以上の中高年層が多くなりました。
男性の方が未婚率が高く、社会的に孤立する傾向があることが背景にあるとみられます。孤立化すると、周囲からの指摘がなくなり他人への共感が失われやすい。「自分が正しい」「自分たちの頃はこうではなかった」という考えがエスカレートしがちで、これが行き過ぎたクレームにつながっている可能性があります・・・

・・・従業員のフォローもカスハラ対応には重要です。
調査では「会社は嫌がらせの被害を認知していたが、何も対応はなかった」との回答が36・3%に上りました。
カスハラ被害を受けた後に会社や上司に相談しても「ひたすら我慢することを強要された」「軽んじられ、相手にされなかった」「一方的に自分自身に責任を転嫁された」といった回答が多く見られました。被害を報告・相談した時に起こる社内での「セカンド・ハラスメント」です。
カスハラ被害が発生した時に上司が出てきて引き取ってくれるといった対応があれば、会社に対する信頼感が醸成され、仮にカスハラが発生しても、すぐに離職につながることを回避できる可能性が高いのです。
災害と同じで、カスハラもいつ発生するかわかりません。従業員向けの研修や対応事例の共有などカスハラが起きる前の体制が重要になります・・・

アルファベット日本語再考

2024年8月6日   岡本全勝

SNSって何のこと」の続きです。「アルファベット日本語、新聞表記」の再考です。

NHKのSNSの説明では、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムも「TwitterやFacebook、Instagramなど」と、アルファベット表記です。
SNSという言葉が日本語であることも考えれば、「日本語は、漢字、ひらがな、カタカナで表記する」と習いましたが、アルファベットも追加しなければなりませんね。日本語の表記は、漢字仮名交じりではなく、漢字仮名アルファベット交じりです。

国語学では、アルファベット表記をどのように扱っているのでしょうか。学校の国語の授業ではどのように、日本語の中でのアルファベットの使い方を教えているのでしょうか。ローマ字表記を教えますが、アルファベット表記はそれとは別です。
例えば縦書きの時は、どのように書くのでしょうか。そして、発音はどうするのでしょうか。ローマ字表記は、日本語の五十音に当てはめで、日本語として発音します。

しかし、Instagramは、/ɪnstəɡræm/(Oxford Learner's Dictionariesによる)と発音するのでしょうか、インスタグラム/ɪnsutaɡuramu/と発音するのでしょうか。SNSも、英語だと、/es en es/という発音ですが、NHKのアナウンサーも含めて私たちは、/esu enu esu/と発音しているようです。

国語辞典も、単語を「あいうえお」で並べるだけではすまなくなりました。これについては、別途書きましょう。「頭は類推する。カタカナ語批判。3

よく眠ると成績、業績が上がる

2024年8月6日   岡本全勝

7月25日の読売新聞夕刊に、柳沢正史・筑波大学教授の「眠り確保で日本は元気に」が載っていました。

柳沢  色んなデータにあるように、日本人って世界一睡眠不足で、私に言わせると、日本が元気がない原因は眠れてないから。これをなんとかしたい。それに尽きます。

――OECD(経済協力開発機構)が2018年に発表したデータによると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分とされていますね。

柳沢  これは調査対象国の平均より1時間以上短い。調査結果を見てもわかるように、生産性が高く、リッチな国の人々はよく眠っている。

――1年に換算すると15日分も寝る時間が少ないけれど、それだけ日本人は勤勉に働いているといえませんか。柳沢先生と同世代の私の受験時代は、四当五落(4時間睡眠で勉強に励むと合格、5時間寝ると落ちる)という言葉がありました。

柳沢  科学知識が教えることは全く逆で、むしろ四落五当、いや、よく眠ったほうが記憶は整理され定着するので、七落八当といってもいい。最高のパフォーマンスを発揮するには十分な睡眠が必要。だから寝ると落ちるんじゃない。寝ないと落ちる。
まして、試験前の一夜漬けはとんでもない。徹夜明けの脳は、酒酔いと同程度まで機能が低下する。24時間戦うなんてあり得ませんよ(笑)。睡眠不足になると肥満や認知症など様々な不具合も招きやすく、いいことはない。

――充分な睡眠を心がける大谷選手が、すぐれたパフォーマンスを発揮しているのは理にかなっているんですね。

柳沢  はい。スポーツもただ練習するだけでは技能向上は頭打ちになる。そこで一晩寝ると次のレベルにいける。
寝る間を惜しんで働く人は要注意ですよ。本人は頑張っているつもりでも、寝不足では効率が悪く、作業時間がかかり、ますます寝る時間が削られる。悪循環に陥ってしまいます。

――日本人はなぜ、睡眠を重視してこなかったのでしょうか。

柳沢  頑張っていいモノを作ればもうかるという成功体験が親から子に伝わり、「寝るのを惜しんで頑張れ」「いつまで寝ているんだ」という価値観が生まれたように思う。でも、それは偽りの成功体験です、私に言わせると。
ここに面白いデータがあります。「NHK国民生活時間調査」によると、私の生まれた1960年の日本人は夜10時までに就寝する人が67%もいて、今より1時間多い、8時間13分寝ていた。
次第に遅寝になっていきますが、それでも高度成長期の日本人はよく寝ていた。寝る時間を削って頑張ったから経済成長したというのは誤った認識で、よく寝ていたからこそ高度成長があったと思っていいぐらいですよ。

制度改革の前に実態対応

2024年8月5日   岡本全勝

仕組みの解説と機能の評価3」の続きにもなります。
連載「公共を創る」の主題は、日本社会が成熟し、行政の課題が大きく変化していること、それに日本の官僚制が追いついていないことです。ところが、実態は私の想定をはるかに超えて、変化しています。議論の前提としていた実態が変わり、政策や制度を変える議論では対応しきれない事態が出てきています。

例えば、地方自治制度です。地方自治法がその基本を定めています。社会の変化に沿って、制度改正を重ねてきました。大きなところでは、分権改革です。ところが、住民が減少して、自治体の存続が危ぶまれる地域が出てきました。高齢者が多く少人数では、行政サービスも提供できません。自治体がなくなれば、自治制度論どころではありません。

もう一つは、公務員制度です。これまでも、そして今でも、公務員制度改革や育成手法が主張されます。ところが、労働市場と職場の実態が大きく変わりつつあります。一つは職員が集まらないことで、もう一つは早期に退職する職員が増えたことです。国の役所や自治体は、あの手この手で職員を集めていますが、埋まらない職種もあるようです。まずは職員を集めなければ、仕事は進まず、育成どころではありません。
長期間続けてきた行政改革で、国も地方も職員を減らしてきました。その影響で、現場が疲弊しています。そのうえに、定数通りの職員数が集まらないと、さらに現場は人が足りなくなります。

制度改革議論の前提が変わり、これまでの制度論の延長では対応できません。コペルニクス的転回とも言えます。もっとも、少子高齢化はずっと以前から予想されていたので、現実的にならないと気がつかないとも言えます。