年別アーカイブ:2024年

アサガオ

2024年8月17日   岡本全勝

アサガオが咲きました」の、その後の報告です。
きれいな色の花は咲いたのですが、普通の花のようにラッパ状には開きません。筒状なのです。去年、散歩の途中でもらってきた種のようです。そのうちに、開く花も出てきたのですが、これは小さいのです。我が家の種のアサガオとは、葉っぱのかたちが異なるので、区別がつきます。

我が家の種の方はといえば、蔓と葉はどんどん育つのですが、一向に花が咲きません。と言っていたら、ようやく15日に赤と青の花を咲かせました。

友人たちからは、各自が育てているきれいな花や野菜が写真付きで紹介されています。それなりに、手間をかけているようです。ほったらかしでは、だめですよね。

昭和天皇の戦争関与

2024年8月17日   岡本全勝

8月8日の朝日新聞オピニオン欄に、山田朗・明治大学教授の「昭和天皇の戦争関与」が載っていました。記事では「戦争責任」ではなく「戦争関与」という見出しです。詳しくは記事をお読みください。

・・・「昭和天皇は戦争への主体的な関与をしなかった」「最後まで対米英戦を回避しようとした」。こうした昭和天皇像に、実証的な研究を通じて見直しを迫ってきた歴史学者がいる。明治大学教授の山田朗さんだ。「天皇の戦争指導」の実態はどうだったのか。その歴史を直視してこなかった戦後日本社会とは・・・

――日本が米英に対する戦争を始めたのは41年12月でしたね。「昭和天皇は最後まで日米開戦を避けようとしていた」という話が広く信じられていますが、事実でしょうか。
「違います。41年9月6日に開かれた御前会議の時点までは、確かに天皇は開戦を躊躇していました。しかし側近の日記や軍の記録などから見えてきたのは、そのあと天皇が戦争への覚悟を決めていく姿でした」
「10月には宣戦布告の詔書の作り方を側近に相談しており、11月には軍の説く主戦論に説得されています。最終的には天皇は開戦を決断したのです」

――昭和天皇は戦争に主体的に関与することがなかった、という理解も広がっていますね。
「事実ではありません。大日本帝国憲法では天皇は大元帥、つまり日本軍の総司令官でした。形式的発言をするだけだったというイメージが広がっていますが、記録によれば、大元帥として出席した大本営御前会議では活発に発言しています。軍幹部への質問や注意を通じて作戦に影響を与えていた実態も、史料から見えてきました」

――昭和天皇が具体的に変えた事例を挙げてください。
「42年のガダルカナル島(南太平洋ソロモン諸島)攻防戦で、航空部隊を現地へ送るよう天皇は3回にわたって、出撃をしぶる陸軍に督促していました。3度目の督促の翌日、陸軍は派遣を決めています」
「45年の沖縄戦では『現地軍は何故攻勢に出ぬか』と言って、積極的な攻撃に出るよう要求しました。現地軍は持久戦でいくと決めていたのですが、天皇の意思が現地まで伝わったため中途半端な攻勢が行われ、無用な出血につながりました」
「天皇の言葉が作戦を左右する影響を与えた事例は、満州事変から敗戦までの間に少なくとも17件確認できます。国家意思に影響を与えていた形です」

――昭和天皇はなぜ作戦指導や戦争指導をしたのでしょう。
「大日本帝国という国家の抱えていた構造的な問題が背景にあってのことだったと思います。天皇を好戦的な指導者だったとみなすのは間違いです」

――構造的な問題とは?
「ガダルカナル戦で天皇が指導に踏み込んだのは、どちらが航空機を出すかでもめていた陸軍と海軍の対立を解くためでした。大日本帝国では陸軍も海軍も天皇に直属していて、両者を統合して指揮する統合幕僚長のような指導役が不在でした。陸・海軍の対立を調整できるのは当時、天皇だけだったのです」
「軍事戦略と外交戦略の双方を統括しえたのも天皇だけでした。軍の最高指揮権にあたる『統帥権』は天皇にあり、統帥権は行政から独立していました。首相ですら軍事行動の詳細を知ることはできない構造です。外交や予算をつかさどる行政が軍部と分立していた中で、両者を架橋しえたのは実質的に天皇だけだったのです」

――「昭和天皇は戦争指導をしたのか否か」と問う以前に、「そもそも戦争指導をできる指導者は当時いたのだろうか」と考えさせられる話です。
「ええ。戦況の悪化に直面したことで昭和天皇は大日本帝国が抱えた構造的欠陥の深刻さに気づき、自らが動くしかないと考えた可能性があります。陸軍と海軍が持つそれぞれの経験値では解決できない事態があり、政治が軍事を制御できる仕組みも見当たらない。そんな状況下での戦争指導だったのです」

――昭和天皇に戦争責任はあった、と主張していますね。
「実態を踏まえれば、昭和天皇には戦争責任があったと考えるべきだと思います。あれだけの悲惨な結果を招いた戦争において、大日本帝国の軍事と政治の双方を統括できる国家指導者だったのであり、すべての重要な政策決定の場にいたのですから、およそ責任がなかったと言えるものではありません」

鎌田浩毅著『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』

2024年8月16日   岡本全勝

鎌田浩毅著『M9地震に備えよ 南海トラフ・九州・北海道』(2024年、PHP新書)を紹介します。このホームページでしばしば登場していただく、鎌田先生の新著です。

宣伝文には、次のように書かれています。
・・・「大地変動の時代」に入った日本列島で生き延びるために。「京大人気No.1講義」で名を馳せた地球科学者が、列島を襲う巨大地震を警告!
今後、東日本大震災と同じマグニチュード9の巨大地震が、三つ起こる可能性がある。震源域はそれぞれ、千島海溝と日本海溝、南海トラフ、九州・沖縄沖の琉球海溝である。本書ではこの三つの巨大地震について取り上げるほか、犠牲者最大2万3000人と推測されている首都直下地震や房総半島沖地震、2020年代に桜島や有珠山が噴火する可能性など、警戒すべき大地震を平易に解説・・・

先日、8月8日に宮崎県日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震がありました。「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が出されました。この地震は南海トラフ地震ではないのですが、緊張感を高めました。
時宜を得た出版ですね。アマゾンを見たら、環境分野でベストセラーになっていました。

こころの病、ブラジル

2024年8月16日   岡本全勝

8月7日の日経新聞夕刊に「こころの病、根強い偏見 ブラジル」が載っていました。
・・・おおらかで陽気な国民性として知られるブラジルで、メンタルの不調を抱える人が増えている。ブラジル社会は貧困や格差といった多くの課題を抱えるほか、社会のサポートが十分でないことなどが背景にある。心の問題に対する根強い偏見も、多くの人を苦しめている実態が透ける・・・

詳しくは記事を読んでいただくとして、その原因や背景として、次のようなことが指摘されています。
・経済の減速
・貧富の差
・恥ずかしいことだという偏見

明るい国民性と思われている裏側に、他国と同じような悩みがあるのでしょうね。
仮面うつ病」をご存じですか。本人は至って元気、人一倍に明るいのですが、精神的負担がたまって体の方が悲鳴を上げるのです。

人権の再発見

2024年8月15日   岡本全勝

最近、基本的人権を考える事例が相次いでいます。
一つは、旧優生保護法で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして、被害者らが国に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁判所が同法を違憲と判断し、国に賠償を命じたことです。この基本的人権侵害は、半世紀も続いていました。同様の事例では、ハンセン病患者が、旧らい予防法による強制隔離について国を訴え、国が受け入れた件があります。(日経新聞8月5日、大林尚編集委員「苛烈な人権侵害に向き合う 強制不妊、責任あなたにも」)

もう一つは、性的少数者の権利を認めるいくつかの判決と、自治体などでの対応の変化です。(朝日新聞8月5日、遠藤隆史記者「記者解説 性的少数者の権利と司法 不利益正す判断続く、社会の変化影響」)
・・・性的少数者の権利を後押しする司法判断が相次いでいる。
日本に限らず、世界中で「男・女」の二分論と異性愛を前提とする社会制度がつくられてきた。その枠組みからはじかれた人たちが、当たり前のように扱われてきた制度を裁判で問い直している。
そして、裁判所の判断はケース・バイ・ケースながら、おおむね前向きに応じるようになっている。最近の司法の動きからは、そんな大きな流れが見てとれる・・・
・・・流れを読み解くもう一つの鍵は社会の認識の変化だ。それが端的に表れたのが、性同一性障害特例法をめぐる大法廷決定だった。
この決定の4年前、やはり生殖不能要件の違憲性が争点になった別の裁判で、最高裁第二小法廷は「現時点では違憲とは言えない」と判断していた。
23年の大法廷決定は、最高裁が4年で判断を変えるに至った理由は明示していない。
ただ、この4年間で性的少数者の権利侵害への認識は確実に広まった。呼応するように、同性カップルの関係を公的に認める「同性パートナーシップ制度」を導入する自治体も大きく増えている・・・

時代とともに、基本的人権が変わるのですね。気になるのは、憲法学者がこれらの点について、判決の前に問題を捉えてどのような発言をしているかです。解釈学でなく立法学としてです。不勉強で発言してはいけないのですが、新聞を読む限り発言はあまり取り上げられていないように思えます。
憲法学者である棟居快行教授の反省を、紹介したことがあります。
・・・遺憾にも私を含む憲法学者の大半は、研究の相当部分を占めるその人権論にもっとも救済を必要とする人々への致命的な死角があることについて、ハンセン訴訟の新聞記事等に接するまで自覚していなかった・・・「優生保護法と憲法学者の自問