メンタル不調と経済的困難の悪循環

8月30日の日経新聞オピニオン欄に、渡辺安虎・東京大学教授の「メンタル不調と経済的困難の悪循環」が載っていました。

・・・厚生労働省によると、精神疾患を有する総患者数は2020年で600万人を超える。単純計算では国民の20人に1人が、何らかのメンタルの不調を抱えて受診していることになる。診断を受けていない人も多いと考えられるため、実際に症状のある人はさらに多いだろう。
メンタルヘルスの悪化は大きな社会的な問題だと長らくいわれてきた。経済的な影響についても様々な試算がされている。日本でも、患者数に就業率の低下などの仮定をあてはめた簡便な計算結果に、医療費などの直接的な費用を加えた試算が複数存在する。

しかし、メンタルヘルスの悪化が経済主体としての個人の認知や行動、そして経済状況に与える影響はどのようなものだろうか。そもそも、メンタルヘルスの不調が個人に与える経済的な影響や治療の経済的効果は、どの程度わかっているのだろう。
米エール大学とニューヨーク大学の研究者らは、デンマーク政府の250万人分の行政データを用いて、精神疾患が長期のキャリアに及ぼす影響を分析している。労働と医療という異なる分野の行政データを、個人レベルで接続することができるからこそ可能となる研究だ。
この研究では、うつ病や、そう状態とうつ状態を繰り返す双極性障害の受診者は、10年後の所得を約10〜20%低下させていた。そして、この所得低下は20代の早期治療によって大幅に抑えられていた。一方、その改善の程度は個人の社会経済状態から大きな影響を受けていた。親の資産が上位25%の患者と、下位25%の患者を比較すると、後者の改善の程度は、前者の約3倍にもなった。経済的に困難な状況に置かれた人への治療が、経済的に大きな効果を持つことを示す結果だ・・・

・・・早期発見・治療の医学的な重要性は従来からいわれてきた。経済的な要因は発症に関わることに加えて、早期発見・治療は経済的にも大きな効果を生む。経済的な困難と早期の発見・治療をより結び付けた対策で状況が改善することを願いたい・・・