年別アーカイブ:2023年

管理職に必要な能力、渉外

2023年3月13日   岡本全勝

リーダーシップやマネジメントの教科書を読むと、どのようにして職員を指導し、成果を上げるかが書かれています。もう一つ重要なのが、そのような部下との関係ではなく、外部との関係です。
外部と言っても、2種類あります。一つは、その組織内での他の部局(課長ならほかの課とか)と、その上司である部長や首長・社長です。もう一つは、組織の外部です。

多くの組織において、幹部が外部との関係を考えずに仕事ができることはありません。
各省の幹部は、総理官邸からの指示や与野党からの要求、関係団体からの要望に応える必要があります。企業の幹部も、取引先との関係や交渉能力が重要でしょう。
課長は、部長や社長からの指示を受け、また相談したり報告をしなければなりません。関係各課との交渉と調整も重要です。

部下を動かすことは必須ですが、それと同様に外部の関係者をどう納得させるかが重要です。良い上司とは、部下の面倒見がよいだけでなく、部下の状況や成果を外部に正当に伝えることや、場合によってはその上司や外部からの「無理難題」に抵抗することが重要です。
それに負けて帰ってくるようでは、部下もついてきません。部下たちは、上司の渉外能力を見ていますよ。

私は防災の専門家ではありませんが、大震災被災者支援本部・復興庁で、なぜそれなりの成果を上げることができたか。
それは、私が総理官邸を知っていた、官邸幹部から信頼を得ていた、各党幹部も知り合いだった、各省幹部も私を知っていた、自治体幹部も私を知っていたからです。だから、支援本部や復興庁ができることとできないことを部外の人たちに説明して、納得してもらいました。すべてを引き受けることはできないのです。抵抗した際に、「全勝が言うから、しかたないなあ」と思ってもらえたのです。
幹部に必要な能力の一つが、対外的な「政治力」です。

大震災12年 災害法制を進化させよ

2023年3月13日   岡本全勝

3月12日の朝日新聞社説「大震災12年 災害法制を進化させよ」から。

・・・東日本大震災から12年を経て、津波被災地の復興事業はほぼ完了した。復興基本法第2条の「基本理念」がうたう「21世紀半ばにおける日本のあるべき姿をめざして」の成果が問われる段階を迎えている。
これまでの歩みを顧みて、評価できるのは政府が従来の「国土の復旧」に加えて、「生活の再建」にも乗り出したことだ。
国と県で4分の3を出すグループ補助金、販路開拓や新製品開発での大企業とのマッチングといった「官と民」の柔軟な連携は斬新だった。「行政哲学を転換した」ともいわれ、その後の災害にも継承されている。
一方で旧態依然の手法の弊害が厳しく指摘され続けた。
道路、農地、防潮堤など省庁縦割りの事業はスピード優先で費用対効果が二の次にされ、過大な公共工事を多く生んだ。復興庁の元事務次官が「止めたくても止められなかった」と認める現場もあったほどだ・・・

・・・実情を踏まえた現場の声を教訓として生かし、時代の要請に合った新制度を設計してゆく。そうやって災害法制を進化させることが、東日本大震災を経験した世代の務めのはずだ・・・

肝冷斎、新しいサイト2

2023年3月12日   岡本全勝

先日、肝冷斎が、ホームページを新しく立ち上げたことを伝えました。「肝冷斎、新しいサイト

当初は、変な空白があったり、やたらと目次が並んでいたりして、見にくかったのですが。その後どんどん進化して、よくなりました。苦労したんでしょうね。
特に、表紙が見やすく、わかりやすくなりました。
観タマにも、現地調査にも精を出しています。毎日の、難解な古典漢文解釈講義も続け、その熱量は尊敬します。

「私の履歴書」国鉄解体、再生

2023年3月12日   岡本全勝

日経新聞「私の履歴書」3月は、唐池恒二・元九州旅客鉄道代表取締役会長です。国鉄という揺るぎないと思われていた会社に就職し、国鉄末期の職場のひどさ、そして解体民営化を経験し、JR九州を再生した経験談です。

10日付け「武者修行」は、民営化早々、丸井に出向した経験です。かつての国鉄では、職員と組合が威張っていて、乗客を大切にしないことで有名でした。そこから、ものを売る商店に出向して、その差にびっくりします。
・・・研修初日の朝、わずか20分くらいの間に、私はすでに何回も感動させられていた。人を感動させるということは、こういうことかー。
そこには3つのギャップがあった。旧国鉄という役人的組織と民間企業との違い。鉄道というもっさりした仕事と飛ぶ鳥落とす先端企業の差。そして九州の門司と東京都心の環境の変化だ。幕末に欧州に渡った武士を打ちのめした衝撃は、こういう感じだったのではないかと感じていた・・・

11日付け「丸井」には、次のようなくだりがあります。
・・・2日目。始業時刻の30分前に行くと、やはり社員同士が「おはようございます」と挨拶している。始業15分前の8時45分、企画室全員で部屋の掃除が始まった。ゴミを集め机を整頓し、床にモップをかけ窓を拭く。すべての職場で同じ。管理職も参加する。これが民間企業か。国鉄ではありえない光景だった。
事業計画作りなどの会議、他の部署や店舗へのヒアリングにも参加させてもらった。会議も国鉄とは全く違った。発言者の少ない国鉄と違い、丸井の会議では発言しないと次から呼ばれなくなる。発言しない人の動機は自己保身にあり、会社のためには皆発言すべきだという考えからだ・・・

次のような話も。
・・・4カ月の研修終了が近づくと関わった部署が連日、送別会を開いてくれた。1988年2月20日の最終日、最初にお世話になった企画室で朝礼に出席し最後の挨拶をした。
「たった4カ月でしたが密度が濃く、10年いたような気がします。JR九州を少しでも丸井のレベルに近づけていきます」。話すうちにこみ上げるものがあり、目に涙がたまる。湿っぽくなってはいけないと笑いを取りにいく。
「将来もし私が出世し、まずありえないことですが、日経新聞の『私の履歴書』に登場することになったら、今の私があるのはすべて丸井のおかげだと書きます」。まったくウケないばかりか逆にすすり泣きが広がる。短くお礼を付け加え話を終えた。あれから35年、この日の大ぼらが今、本当のことになった・・・

・・・研修を終えた翌日、博多のJR九州本社に出社した。配属は営業部販売課。誰も挨拶をしない。机にも名刺はない。室内は散らかっており花など望むべくもない。
研修で感じた彼我の差を思い出す。丸井を手本に職場のすべてを変えようと決めた・・・