年別アーカイブ:2022年

コロナとワープロが加速する日本語の乱れ

2022年2月6日   岡本全勝

1月29日の朝日新聞夕刊、石川九楊さんのインタビュー「日本語の乱れ、コロナで加速?」から。

石川さんは、新型コロナウイルスの感染拡大によって、「日本語の乱れが加速し、それがあらわになりつつある」と語る。
「和製英語のウィズコロナとか、旅に行くという意味のtravelという単語に、行くという意味のgoをさらにくっつけたGoToトラベルとか、今までなら考えられなかったような言葉が使われるようになりました。エビデンスやファクトもよく聞きますが、どうして証拠や事実と言えないのか。業界の中でやりとりする分にはそれでいいのかもしれませんが、一般の人に向けて話す際は、言葉を置き換えるのがこれまでの常識でした。なぜ、そこまで日本語を傷めつけるのでしょう」

石川さんはこうした日本語の崩壊や乖離は「私たちが文字を書かなくなったことと密接な関係がある」と指摘する。
「今回の感染拡大に際して、欧米などにマスクを嫌う人たちが相当数いるのが明らかになりましたが、あれほどマスクを拒絶するのは、彼らの意思疎通が話し言葉を中心としているため、口が動いているのを見ないと、言葉の真意が伝わって来ないと感じるからなのです。これに対し、中国や日本などの東アジア世界では、言葉は書くことによって根拠づけられている。『口約束』という言葉があるように、話し言葉だけでは軽んじられてしまうのです」
「キリスト教世界の人々は話す際に神を意識している。一方、東アジアではタテに書くという行為を通じて初めて天を意識する。だから、書くことが行われなくなると、言葉の信憑性は失われ、言葉は崩壊してしまう。まさに今の状況です」

現代社会では手で書く機会が減り、活字などがとって代わっているが、石川さんは「声が肉声であるように、『肉文字』こそが文字であり、活字は文字ではありません」と話す。そこには一点一画を書くという膨大な思考と創造がないからだ。
「文字は点画を連ねて書いていくから文字になる。『愛』と自ら書くのと、アルファベットでaiと打ち込み、それを何回か変換して『愛』という言葉を選択するのはまったく違う」
変換で想定と違う言葉が出てきた場合、「そちらに意識が引っ張られる可能性があるのも問題」という。たとえば「海」をイメージしてumiと打ち込み、変換を行った際、「膿」という文字が出てきてしまったら、「それまで抱いていたイメージの連続性が消えてしまってもおかしくない」と語る。
「ぼくはワープロやパソコンを使うようになって日本の文学が変質してきたと感じています。先人は手で書くことによって、数々の文学作品を生み出してきた。スポーツとeスポーツは別物。今の文学が従来とは異質な『e文学』になっていないと誰が言えるでしょう」

ウエッブ会議の限界

2022年2月6日   岡本全勝

1月28日の日経新聞に「アフターコロナのオフィス戦略」という、2021年11月に行われたウエッブセミナーの概要が載っていました。そこに載っていたことで興味深かったことを、2つ取り上げます。

一つは、「新しいアイデアを生むには、雑談やたわいない情報交換を通じてヒントを探すこと」が挙げられていました。かつては喫煙所が、この役割を果たしていたとも指摘されています。さまざまな立場の人が集まる、貴重な情報交換の場でした。
最近は給湯所、お茶を入れる場所が、喫煙所の代わりになっているようです。

アイデアのヒントをもらうだけでなく、集まって仕事以外の雑談をすることは、仕事を進める上で不可欠です。職場でなら、仕事で困ったとき、ちょっとしたことを周りの人に聞くことができるのです。改めて電子メールで質問するほどのことではない、あるいは誰に何を聞いて良いか分からないことは多いです。職場でなら、本人が手を挙げる、あるいは周囲が気がついて助言できます。

また、上司や同僚からは、職員の状態を把握する上で、対面は必須です。在宅勤務で電子メールや画面を通じてでは、職員の状況を把握するのは難しく、若手特に新入社員を指導することは無理です。
この項続く。

西欧的価値と普遍的価値

2022年2月5日   岡本全勝

今野元著『ドイツ・ナショナリズム 「普遍」対「固有」の二千年史」』(2021年、中公新書)の「はじめに」に、次のような記述があります。

・・・本書の鍵概念は西欧的=「普遍」的価値である。これは私の造語で、歴史的に西欧(英仏米)で生まれた、その意味では西欧「固有」の政治理念でありながら、西欧の影響力の大きさゆえに、近現代世界で「普遍」的に妥当すると主張されている価値のことである。それぞれの時代や地域において、西欧的=「普遍」的価値を推進しようとする勢力が進歩派(左派)であり、それを抑制しようとする勢力が保守派(右派)である・・・

・・・ちなみに私のいう西欧的=「普遍」的価値は、日本国憲法では「人類普遍の原理」と呼ばれているが、ドイツ連邦共和国では「西欧的価値」(westliche Werte)と呼ばれている。日本で「西欧的価値」と呼ばないのは、異国「固有」のものが自国に押し付けられているという語感を出さないための工夫だろう。だが、西欧中心主義的気風が強い現代ドイツでは、西欧のものが「普遍」妥当性を持つのは当たり前だと考えられているので、わざわざ「普遍」的などと言う必要を感じないのである・・・

社員への介護研修

2022年2月5日   岡本全勝

1月28日の日経新聞に「ハウス、「隠れ介護者」解消へ 全社員に研修、負担抱え込み防ぐ 40代以上の6割リスク」という記事が載っていました。
・・・ハウス食品グループ本社が2021年9月から、全社員に介護研修を実施している。40~50代社員の約6割が3年以内に家族の介護に直面する可能性がある。団塊世代が後期高齢者になる「2025年問題」が迫り、中核社員の多くが仕事と介護の両立に直面する。公的支援制度などの活用が不十分だと、個人で負担を抱え込む「隠れ介護」が経営リスクとなる・・・

研修では、家族の介護がどの程度差し迫っているのかを、親の年齢や家族構成などの情報から診断し、経済的・時間的な負担度などを可視化します。そのうえで仕事との両立や家族との関係、介護費用などについて学ぶそうです。

記事によると、介護離職は2010年代から正社員を中心に急増し年間9~10万人いるとのことです。働きながら介護する人は346万人(2017年就業構造基本調査)。40~50歳代が6割を占め、正社員に限ると7割です。生涯未婚率が高まり、共働き世代も増え、家庭内で介護に携われる人は減っています。
従業員30人以上の事業所の9割が介護休業制度を導入していますが、取得率は1割に満ちません。仕事をしながら介護をしている多くが40~50代で、職場で責任ある業務を担っているからです。

これまでは仕事と生活の調和は、育児と仕事の両立が課題になっていましたが、介護と仕事の両立が課題になってきました。
そして、子育ても重労働ですが、介護はより深刻です。ほとんどの人が、公的支援の申請方法や、介護のやり方を身につけていません。この記事にあるように、職員研修も必要になるのでしょう。

スマホを机に置くだけで勉強を阻害する

2022年2月5日   岡本全勝

1月30日の読売新聞「ONLINEシンポジウム 教育の急激なデジタル化の問題を考える」の続きです。認識神経科学研究家のミシェル・デミュルジェさんの発言から。

・・・子どもたちがデジタル画面を前向きなことに使うなら、問題はありません。(研究から)わかったのは、大半を「娯楽」に費やし、12歳以下は90%以上でゲームや動画、13歳から次第にSNSを使うようになるということです。
デジタル画面に費やす時間が長いと、学業成績は落ちます。睡眠時間が短くなり、睡眠の質も悪くなります。授業中に居眠りして、衝動的で攻撃的になり、家庭学習の時間も減ります。

もちろん、コンピューターの使い方は教えなくてはいけません。しかし、「デジタル・ネイティブ」は幻想です。子どもたちが動画・写真共有といったシンプルなアプリを使えるだけで、高度な情報技術や計算能力を持つユーザーと思われていますが、違います。研究によると、高度なソフトを使う能力は極めて低いのです。
「子ども1人に1台の端末を」という国際的プログラムがあります。スペイン・カタルーニャ地方の最新の研究では、驚くことに、端末を受け取った子どもは、そうでない子どもより全科目で成績が低い。
子どもたちは端末を学ぶために使わず、授業中にSNSや動画を見ており、授業を聞いていない時間は全体の40~80%。費用がかかる一方、あまり効率的でないと証明されたのです。

興味深い研究があります。授業でスマホをオフにして机の上に置いた場合と、手元にスマホがない場合を比較しました。すると、机に置くだけで、テストの間違いが増え、授業の理解度も低くなったのです。
SNS運営会社の元幹部らによると、「見逃しの恐怖(Fearof missing out)」で、脳は「スマホを確認するべきだ」と指令し続けます。脳の働きに時間を奪われ、精神的に消耗するのです。