なぜ叱ってしまうのか

9月16日の朝日新聞オピニオン欄、臨床心理士・村中直人さんへのインタビュー「なぜ叱ってしまうのか」から。
・・・ほめて育てたいのに、叱ってしまう。叱っているうちに、だんだん止まらなくなる――。私たちはなぜ、叱るという行為にふりまわされるのか。臨床心理士の村中直人さんは「叱る」には依存性があり、その効果が過大評価されているからだと言う。とはいえ、一切叱らない聖人君子にはなれない。「叱る」とのつきあい方を聞いた・・・

――子どもを叱った後は自己嫌悪に陥るのに、また叱ってしまう。どんどんエスカレートし、抑えられなくなることがあります。約束の時間になっても宿題を始めないときとか、親に口答えしたときとか……。
「心の奥では、子どもが自分の言葉に反応し、思い通りに動いてほしいと思っていませんか? そういう意味では、叱るという行為は即効性があります。それだけでなく、『相手が自分の言葉に従う』という自己効力感が得られるし、『悪いことをした人を罰したい』という処罰感情も満たせる。こんなにごほうびがあれば、『叱る』に依存性があっても、おかしくはありません」

――では、私は叱ることに「依存」しているのですか?
「乱暴な言い方をすると、人間が毎日のように続けている行動は、習慣か依存のどちらかです。例えば毎日ランニングする人は、習慣化するほど楽に走れているか、走ることで得られる『快』に依存しているか、です」

――でも叱った後は後悔し、快い感情とはとても言えません。
「後悔は、『してはいけないことをしてしまった』という二次的な感情です。一方で、処罰感情は生まれながらに持っている欲求です。生来的な欲求は二次的感情に勝ってしまいます」

――とは言え、教育上、必要だと思うから叱っているのですが。
「誤解しないでほしいのは『一切、叱ってはいけない』とも、『叱ることへの依存は心の病だ』とも言っているわけではないということです。私には小学生の息子がいますが、普通に叱っています。例えば、子どもが私のあごに体を押しつけてきて、『やめて』と何度言っても聞かないとき。言い聞かせても人が嫌がることをやめないときは、私も叱ります」
「ただ、親は『教育的効果がある』と思っていても、実は子どもの学びにつながっていないことも多々あります。叱ることの効果と限界を、知ってほしいのです」

――効果と限界、ですか。
「たとえば、命にかかわるような危険な行為や、誰かを傷つけるなど、絶対にしてはいけないことをやめさせる危機介入には、叱ることが一番効果的です。約束の時間になっても宿題をしないことをこっぴどく叱られ、『また叱られたら嫌だな』と、その行動を自ら避けるようになるといった抑止効果もあります」
「しかし、子どもにとって叱られることは、苦痛な時間以外の何ものでもない。『この状況から早く逃げ出すには、早く宿題をした方が得かも』と、とりあえずやっているだけかもしれません」
「不安や恐怖を感じると、知的な活動に重要だと考えられている脳の前頭前野の活動が大きく低下します。親は『時間を守る大切さを学んでくれた』と思っていても、実は子どもはそのとき何かを学んでいるのではなく、その場しのぎで対処しているだけ、ということもあり得るわけです」