6月14日の朝日新聞オピニオン欄、助産師・桜井裕子さんのインタビュー「人生のための性教育」から。
――学校の講演やSNSなどで、桜井さんは性について相談を受けてきました。子どもや若者はどんな悩みを持っていますか?
「8~9割は確認したいこと、体のことで、話を聞いてもらってホッとしたかったという感じ。でも1割強は妊娠や性暴力など深刻な内容です。女子の悩みで一番多いのは月経で、『つらい』『バラバラ』などの相談です。毎回3回以上痛み止めが必要なら、婦人科に行った方がいいと言います。痛みの原因は見極めた方がいい。保護者から『それぐらい我慢したら』と言われ、悩んでいる女子は少なくありません」
「男子は自分の性器についての悩みがすごく多い。総じて『小さいとモテない』と思っているようです。人それぞれでいろんな性器があることを説明すると安心するようです」
――日本の学校の性教育は紆余曲折がありました。
「1992年は性教育元年と呼ばれ、改訂された学習指導要領が施行されて小学校から『性』を本格的に教えるようになりました。エイズ予防が背景にあったと思います。私もコンドームの使い方を教えてほしいと要望されましたし、当時は何の制限もかけられていなかったことを覚えています」
「しかし、2003年に当時の都立七生(ななお)養護学校の事件が起きます。在校生同士が性関係を持ったことから教員が知的障害のある生徒向けの独自の性教育プログラムを作りました。性器の部位や名称を入れた歌や人形を使うものでした。が、都議会議員が『不適切』と批判、教育委員会が校長や教員を降格や厳重注意処分にしました。その後、裁判で処分は違法と認定されたものの、以降、性教育が一気に萎縮した。私もある学校で校長から『バッシングされたらどう責任をとるのか』と性交の話を避けるように言われました」
――なぜ性教育で性交の話をしてはいけないのですか。
「学習指導要領には学習内容を制限する『はどめ規定』と呼ばれる規定があり、1998年の改訂で『妊娠の経過は取り扱わない』と明記されました。経緯はわかりませんが、精子や卵子は教えても、性交は原則教えられなくなりました。小学5年の理科では『人の受精に至る過程は取り扱わない』、中学1年の保健体育では、妊娠・出産ができるよう体が成熟することは学びますが、妊娠の経過は扱わないとされています」
「規定ができた当初はそれほど制約を感じませんでしたが、やはり七生養護学校事件を機に統制が厳しくなった。4年前にも東京の区立中学で『性交』『避妊』などの言葉を授業で使ったとして、『不適切』と都議が批判、都教委が指導するということが起こりました。でも区教委は『不適切とは思わない』と反論した。少し風向きが変わってきたなと感じます」
「このところ、PTAからの講演依頼が増えてきました。家庭向けの性教育本なども売れていますが、特に保護者や若い先生の間に性教育が必要だという意識が広がっていると感じます。ただ、はどめ規定は、学校の性教育の大きな足かせであることは間違いない。この規定がなければ堂々と話ができ、子どもの理解も進みます」
――昨年、文部科学省などは「生命(いのち)の安全教育」の教材を作りました。
「性暴力や性被害を予防する教育です。性暴力が社会問題化したことも背景にあるでしょう。一歩前進です。しかし、『プライベートゾーンは他人に見せない』『相手が嫌と言うことはしない』など、禁止・抑制のオンパレード。性について基本的なことを教えていないのに、安全について教え行動制限している。ちぐはぐです」
「文科省は『寝た子を起こすな』論は捨てて、時代や子どもたちの実情にあった教育をすべきです。実態からすれば寝ていないですし、寝ている子には、年齢に合わせた形で科学的な事実を教えてやさしく起こしてほしい。SNSやアダルトビデオで暴力的に起こされるのは危険です」
――そもそも、性教育はなぜ必要なのでしょうか。
「健康、パートナーとの関係、出産――。性に関することは、その人の人生そのものです。性教育は、子どもに正しい情報を伝え、自分で選んで行動するためのもの。子どもたちには『自分の幸せと相手の幸せも考えて。来年の自分に感謝されるような今日を選んでほしい』と伝えています」
「包括的性教育にゴールはありません。自分で選び、決めるという自己決定をしていくための学びで、簡単ではない。だから、失敗しないよう備えることも重要ですが、それよりも自己決定を支えることが大切です。性教育は、子どもが自分の人生や将来のことを考える足がかりなのです」