5月17日の朝日新聞オピニオン欄、諸富徹・京都大学大学院経済学研究科教授へのインタビュー「資本主義、日本の落日」から。
日本は主要国で真っ先に経済成長が滞っただけでなく、脱炭素など環境対策でも出遅れが目立つようになった。環境と経済の関わりについて研究を重ねてきた経済学者の諸富徹さんは、そこに日本の資本主義の「老衰」をみる。産業の新陳代謝を促し、経済を持続可能にする道を、どう見いだせばいいのか。
――日本は「資本主義の転換」に取り残されつつある、と指摘しています。
「世界の産業は、デジタル化やサービス化が進んでいます。経済の価値の中心は、モノから情報・サービスへと大きくシフトし、資本主義は『非物質化』という進化を遂げているのです。それなのに、日本はいまだにものづくり信仰が根強く、産業構造の根本的な転換ができていません」
「二酸化炭素(CO2)を1単位排出するごとに、経済成長の指標となる国内総生産(GDP)をどれだけ生み出したのかを示す『炭素生産性』をみると、日本は先進国で最低水準です。成長率が低いうえ、その割にCO2排出を減らせていないことを示しています。エネルギーを多く使いながら付加価値が低い、20世紀型の製造業に依存しているせいです」
――かつて日本は、環境技術を誇っていたのでは。
「1970年代の石油危機を受けて省エネを推し進め、環境先進国と呼ばれた時代がありました。日本の資本主義に活力と若々しさが残っていたころです。過程で産業競争力もつき、90年代までは、その遺産でやっていけました」
「しかし、2000年代に入っていくと様相が一変します。欧州は再生可能エネルギーに真剣になったのに、日本は不安定でコスト高だと軽視し続けました。いずれは新しい産業になり、コストも下がるとの主張にも、政財界の『真ん中』の人たちは聞く耳を持ちませんでした」
――コロナ下での経済政策は、むしろ既存の産業や雇用を守ることが重視されました。
「個々の労働者を政府が直接守る仕組みが貧弱なので、企業に補助金や助成金を出して、これまで通り雇い続けてもらうしかなかったのです。これなら失業率は低く抑えられますが、CO2を多く出したり生産性が低いままだったりする企業も温存されます。働き手も、新たなスキルを身につけるでもなく、飼い殺しになっている。コロナの2年間は、ほぼ既存の構造をピン留めしただけでした」
――一方、デジタル化に関しては、コロナ危機が日本に変化を迫った面もありました。
「日本がずっとデジタル化の入り口でとどまっていたのは、プライバシー問題などをめぐる慎重論が勝っていたからです。米国や中国は、まずはデジタル技術を社会経済に組み込み、その上で弊害に対処するアプローチで先行しました。日本もデジタル化を一気に進めざるをえなくなったのは、パンデミックがもたらした前向きな変化の一つではあります」
――ではどうすれば。
「定常状態を脱するには、伸びる産業や企業に働き手が移っていかなければなりません。同一労働同一賃金の促進が一案です。正規・非正規雇用の格差を縮めるだけでなく、生産性の低い企業が人件費カットで生き延びるのを防ぎ、産業の高付加価値化を促せるからです。環境税や炭素税の導入も、最初に例に挙げた『炭素生産性』の低い企業に退出を迫る、似た効果が期待できます」
「その際、職を失った人も生活を心配せずに新たなスキルを身につけられる安全網を整えるのが、極めて大事です。そうして継続的な賃金上昇を促していくのです」