生命知能と人工知能

高橋宏知著「生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方」(2022年、講談社)が分かりやすく、勉強になりました。お勧めです。

人の脳と人工知能とを比較して、脳の機能に迫ります。二つは、何が違うか。
人工知能はある目的のための「自動化」の技術であり、あらかじめ決められた規則に従って物事を進めます。その際には、なるべく無駄を省くように設計されています。それに対し生命知能は、その生命体が生きていくための「自律化」のためにあります。こちらは自分で目的を決め、規則も自分で決めます。人工知能は、これまでにないことを見いだしませんが、生命知能は、これまでにないことを考えます。

どうして、このような差がでるか。人工知能は、その目的のために人間が設計します。生命知能・脳は、細胞から始まり、動物の進化の過程で発展してきました。種がダーウィンの法則で進化してきたのと同じく、細胞が変異を続け、適者が生き残ってきました。「変異」によって「多様性」が生まれ、その中から「選択」されて、私たちの脳ができました。
これは、すばらしいことです。変異が生まれないと多様性は生まれず、進化は起こりません。細胞は脳や司令塔を持っていないので、「この方向に進化するのだ」という意図も持っていません。その中で生物の進化が起こるのは、この仕組みによってです。この比喩は、社会にも当てはめることができます。

その脳が、意識を作ります。目や耳、皮膚から刺激を受けて反応することは、機械の類推で理解できます。情報処理です。
他方で、目を閉じてもいろんなことを考える、寝ていていても夢を見る、さらにこれまでにないことを思いつくことができることは、そのような類推では理解できません。脳細胞が、どのようにして記憶するのか、そしてそれを呼び出すのかも、不思議です。
何もしていなくても、脳は動いています。自発活動をしています。常時、20ワット程度のエネルギーを消費しています(体全体では約100ワットです)。
私たちの意識に登らない「作業」を、脳は常に行っているようです。経験した音や画像、文章などを記憶し、良く似たものと関連づける作業をしているのでしょう。

外部刺激を受けてそれを知覚するのに、20ミリ秒かかります。ところが、脳への電気刺激で意識的な知覚を作るのには500ミリ秒もかかります。それを脳は統合しています。私たちの見ている現在は、かなり過去の物です。
そして、指を動かそうとする場合に、まず脳が動き出し、300ミリ秒たって動かそうと思う瞬間が訪れ、その200ミリ秒後に指が動きます。私たちが思うから動くのではなく、その前に脳が指示を出しているのです。これは理解しがたいことです。じゃあ、何が脳を動かすのか。私の印象では、私たちが意識しないところで脳がぐるぐるといろんなことを考えていて、何かのきっかけ、それは見ていることであったり、他の考え事であったりして、それがきっかけになって、あることが動き出すのでしょう。そこから意識に登るので、その前の脳の活動は分からないのです。
まだまだ勉強になることとが書かれていますが、それは本をお読みください。

著者は、将来に人工知能が発達して人間の行動の代替をするようになったらどうなるかも、言及しています。機械に置き換えることができる作業は、置き換わるでしょう。すると、人間らしさは、機械ができないことをすることです。
既にわかっていることを記憶し、問に答えることは、人工知能の得意とすることです。そのような大学入試問題なら、人工知能も正解できます。
分かていないことを考えることが、人間の仕事です。分からないことをパソコンやスマホで調べることは、検索であって、脳を使った学習ではありません。仮説を立てて検証することが、人工知能は不得手です。そこから、どのような学習が良いかが、導かれます。