新しい生活困難層への安全網を

3月4日の日経新聞経済教室「社会保障、次のビジョン」下、宮本太郎・中央大学教授の「新しい生活困難層に安全網」から。
・・・新型コロナウイルス禍が困窮と孤立を広げている。セーフティーネット(安全網)をどう張り直すか、次のビジョンが問われる。
厚生労働省はこれまで3重のセーフティーネットという考え方をしてきた。第1が安定雇用を前提にした社会保険、第3が生活保護などの公的扶助であるのに対し、両者の間すなわち生活保護の前の段階で、第2のセーフティーネットを充実させるという主張だ。そこでは失業などで困窮した人を支援して安定就労につなぐことが期待された。具体的には職業訓練中の所得保障である求職者支援制度や、生活再建について相談支援をする生活困窮者自立支援制度が導入された。
コロナ禍が改めて示したのは、この3重のセーフティーネット論が現実を必ずしも正確にとらえていないということだ。安定的に就労し社会保険に加入できている層と生活保護を受給する層の間に「新しい生活困難層」と呼ぶべき人々が急増している。非正規雇用などの不安定就労層、ひとり親世帯など、自分や家族の多様な困難から困窮や孤立に陥っている人々だ。

安定就労層、新しい生活困難層、福祉受給層は、3重のセーフティーネット論が想定するように、上から順繰りに3段階で沈み込んできているのではない。むしろそれぞれの層が固定化してきている。
新しい生活困難層の多くは、就職氷河期世代にみられるように、最初から正規雇用に就けないままだ。そしてコロナ禍の経済的打撃がこの層に集中し所得がさらに減少しても、生活保護に移行する人は少ない。生活保護受給の実人数はコロナ禍の下で減少すらしている・・・

・・・新しい生活困難層が急増し、3層が分断されている状況下で、いかにセーフティーネットを張り直すか。
両極のいずれを拡張していくかで、大きく2つのアプローチが対立している。
第1のアプローチとして安定就労の側から就労機会を拡張していくことが主張されてきた。具体的には、職業訓練などの就労支援を重視することだ。トランポリン的な機能で雇用につなぐ第2のセーフティーネットというのは、このアプローチの一環といえる。また13年には政府の産業競争力会議が、労働移動支援助成金を大幅に増額して労働移動を促す一種の積極的労働市場政策を打ち出した。
だがスウェーデンなどで積極的労働市場政策がセーフティーネットとして効果を発揮できたのは、困窮のリスクが主に失業に起因していて、なおかつ職業訓練などで安定就労につなげることが期待できたからだ。不安定就労層としてキャリアをスタートさせ、職業訓練や保育サービスを利用する生活の余裕すらない人が増大し、他方で生活の安定に直結する就労機会が減じていれば、前提は崩れる・・・