10年後の財政、破綻確率50% 

5月3日の日経新聞経済教室、島澤諭・中部圏社会経済研究所研究部長の「10年後の財政「破綻確率」50% 将来世代の負担を考える」から。
・・・バブル崩壊以降、経済危機を経験するたびに、一般会計歳出の名目国内総生産(GDP)比でみた財政規模は拡大している。さらに経済危機が去った後も高止まりし、元の水準に戻る前に次の経済危機が到来して一層の拡大が進んでいる・・・

・・・筆者は「動学的確率的一般均衡モデル」を用いて日本のマクロ経済と財政の現状を再現し、確率ショックを加えて今後の推移をシミュレーションした・・・その結果、10年後の財政破綻確率は50%、20年後は60%となった。何も対策を施さずに現状のまま放置すれば、時間の経過とともに財政破綻リスクが高まる。
他の先進7カ国(G7)諸国でも、過去に例のない大規模な財政支援が実施され財政規律に悪影響を及ぼしている。10年後の財政破綻確率を試算したところ、日本に次いで財政状況の悪いイタリアでは29.3%となった。だがコロナ対策の規模が世界最大の米国は4.9%、ドイツに至っては1.2%にとどまる。
日本の財政破綻確率は、他のG7諸国平均(7.9%)の6倍強(イタリアを除くと3.7%、14倍弱)と、その高さが際立った。

次に財政破綻リスクを軽減する政策として消費税率引き上げを考え、シミュレーションをした。すると消費税率の引き上げ幅が5%の場合は財政破綻確率は27.5%、10%の場合は13.1%、15%の場合は5.0%、20%の場合は2.4%にまで改善できると推計された。なお財政健全化策の規模が同じなら、他の税目での増税や政府支出削減でも、消費増税による結果と大きな違いはみられない。
このように、G7諸国並みにまで日本の財政破綻確率を引き下げるには、消費税率15~20%分に相当する財政健全化が必要となる・・・
・・・消費税は社会保障目的税とされているが、消費増税を重ねても社会保障給付の3割弱がいまだに赤字国債で賄われている。消費増税の大部分が、赤字国債の発行で肩代わりしてきた消費税財源の不足分を解消するのではなく、新たな社会保障の充実のために使われてきたということだ・・・

・・・政府も国民も多くがコロナ禍に乗じて、税財源の裏付けもなく、ひたすら歳出拡大を求め続ける現状をみると、いちかばちかのギャンブルに興じているに等しい。財政が破綻し国債の引き受け手が現れなければ、財政赤字で賄っていた歳出を削減する「財政的トリアージ(優先順位付け)」を実施せざるを得ない。
この場合シルバー民主主義とも指摘されるように、政治的影響力が強く経済的弱者とみなされがちな高齢世代向けの給付よりも、社会資本の維持や教育、少子化対策など将来への投資が削減される可能性が高い。また残りの人生が長い世代ほど租税負担も重くなるなど、財政破綻のツケは将来世代ほど大きくなる・・・

災害時の自治体応援職員ハンドブック

西出順郎編著『災害連携のための自治体「応援職員」派遣ハンドブックー東日本大震災のデータと事例から』(2021年、公人の友社)を紹介します。

・・・東日本大震災以降、大規模自然災害によって甚大な災害を被った自治体に対し、被災のなかった(もしくは少なかった)全国各地の自治体が自らの職員を一定期間派遣する、いわゆる自治体間の水平的支援が定着するようになった。それにともない、どの自治体も、「応援職員」の派遣・受入れを想定業務の一つとして組織マネジメントの中に組み込んでおく必要が求められている。
本書は全国の自治体職員が応援したりされたりする立場に置かれた場合、その業務の遂行に少しでも役に立てたらとの思いで上梓されたものである・・・

派遣元と派遣先の職員の経験も、書かれています。

制度を所管するのか、問題を所管するのか。2

制度を所管するのか、問題を所管するのか。1」の続きです。
既存組織は、どうしても、所管している制度(法令や予算)を前提に考えます。担当職員は、その法律の逐条解説や制度の解説を読んで、勉強しています。何ができて何ができないかを、頭にたたき込んでいます。これが、正しい公務員です。
これまでにない問題が発見された場合に、既存の制度で対応できないかを検討します。解釈変更や、少々の改正でできないかです。それが難しいとなると、「既存制度ではできない」という判断になります。

法令や予算を変えるとなると、労力と時間がかかります。そして実現できるかどうか、簡単には判断できません。
ところで、時に、国会や議会の質問で「鋭い指摘」(制度を改正して対応した方がよいと考えられる指摘)が出ることがあります。しかし、前日の夕方に質問が出たら、「できません」という答弁しかできません。法令改正や予算獲得には、それなりの時間が必要なのです。

「それは、法令に書いてありません」「それは私の所管ではありません」というのが、守る公務員です。「法令や予算にないなら、考えましょう」というのが、変える公務員です。
公務員全員が、後者になることは無理です。対応策は、公務員の中を、言われたことをする人と、制度改正まで踏み込んで問題解決を考える人との、2種類に分けることです。かつての国家公務員上級職は、この考えだったのでしょう。
この項続く

ワクチン先進国から後進国へ、萎縮した日本の行政

5月10日の日経新聞「必然だったワクチン敗戦」から。
・・・新型コロナウイルスのワクチン開発で日本は米英中ロばかりか、ベトナムやインドにさえ後れを取っている。菅義偉首相が4月、米製薬大手ファイザーのトップに直々に掛け合って必要なワクチンを確保したほどだ。「ワクチン敗戦」の舞台裏をさぐると、副作用問題をめぐる国民の不信をぬぐえず、官の不作為に閉ざされた空白の30年が浮かび上がる。

1980年代まで水痘、日本脳炎、百日ぜきといった日本のワクチン技術は高く、米国などに技術供与していた。新しいワクチンや技術の開発がほぼ途絶えるまで衰退したのは、予防接種の副作用訴訟で92年、東京高裁が国に賠償を命じる判決を出してからだ。
このとき「被害者救済に広く道を開いた画期的な判決」との世論が広がり、国は上告を断念した。94年に予防接種法が改正されて接種は「努力義務」となり、副作用を恐れる保護者の判断などで接種率はみるみる下がっていった。
さらに薬害エイズ事件が影を落とす。ワクチンと同じ「生物製剤」である血液製剤をめぐり事件当時の厚生省生物製剤課長が96年に逮捕され、業務上過失致死罪で有罪判決を受けた。責任追及は当然だったが、同省内部では「何かあったら我々が詰め腹を切らされ、政治家は責任を取らない」(元職員)と不作為の口実にされた・・・

手塚洋輔著『戦後行政の構造とディレンマ―予防接種行政の変遷』(2010年、藤原書店)が、この問題を取り上げ、行政がなぜ萎縮するようになったかを論じています。名著です。

高校教科書、足し算や九九を教える

5月8日の日経新聞夕刊に「高校教科書 学び直し対応」という記事が載っていました。
・・・「3×8=」「36+42=」……。来春から主に高校1年生が使う「数学Ⅰ」のある教科書には、2桁同士の足し算や引き算、九九といった演習問題が並ぶ。さまざまな事情で基礎学力が身に付かないまま高校に進学した生徒のために編集され、文部科学省の検定に合格。学習指導要領にも記載された「学び直し」のニーズの高まりに応えたものだ。
作ったのは東京書籍。数学Ⅰは難易度が異なる4種類があり、その中で最も易しいものに盛り込んだ。数学編集部の提橋正一部長が高校を訪れた際、教員が小学2年生用の算数教科書を使って教えているのを見て、必要性を強く感じた。「これまでは大学入試の方ばかりを向いて作っていた」と振り返る。

約170ページのうち、冒頭の約30ページが主に小学校の復習だ。整数の足し算と引き算から始まり、「37+28=65」などを筆算で解く方法を示す。九九では「7×5」を「7+7+7+7+7」と、7を5つ足したものだと丁寧に解説している。
続けて割り算、小数、分数、速さの求め方などを説明し、最後に中学1年で習う負の数を紹介する。項目ごとに演習問題があり、教科書に直接書き込めるよう余白を確保した。
高校の学習範囲も基礎的なものに絞り、漢字には極力ルビを振った。提橋部長によると、小中学校を休みがちだった生徒も含め、多様な学力層が在籍する通信制高校などでの採用を見込む・・・

なるほどと思うとともに、そのような学力でも小学校や中学校を卒業させることがよいのか、高校には何を求めて進学しているのか、疑問になります。
なんのための義務教育であり、なんのための高校なのでしょうか。