有識者会議の長所と欠点

2月28日の読売新聞「地球を読む」は、御厨貴先生の「戦場と化した復興会議」でした。
・・・はや10年前の話になったが、2011年3月11日の東日本大震災に対応したのが、同年4月14日から開かれた「東日本大震災復興構想会議」だった。議長代理を引き受けた私は、いかにも自民党政権時代の前例踏襲を嫌がる民主党政権らしいと感じた・・・

・・・そんな中で発足した復興会議のメンバーは、これまた通常の審議会とは違う異色の人材ぞろいだった。
16人のうち、知事3人、防災・建築関連3人を除くと、大半は行政や復興事業の門外漢である。特に東北地方にゆかりのある、従って思い入れの強い方々が過半を占めていた。
議長団の政治学者3人(五百旗頭いおきべ真議長、御厨、飯尾潤検討部会長)も、いわゆる審議会人ではない。有り体に言えば、会議の進行がどうなるかや、議論の着地点が見えなかった。
石原信雄元官房副長官から、「この審議会は、どこに着地するのかが分からない。危険だからやめた方がよい」とのアドバイスを受けたほどだ。
「素人集団」の会議は、海図なき航海に出帆するや、たちまち「会議は踊る。されど進まず」を地でいく展開となった。メンバーが過剰な役割意識を持ったためだろうか。“踊る”という表現がぴったりとくる劇場的な様相を見せた。
各委員は長々と自説を論じ、会議は時として5時間にも及んだ。議長団の制止も聞かず、委員の怒号が飛び交う戦場と化した。民主党政権下、官僚は委員との直接的な接触を止められていたから、説得工作も議長団が行い、大変な苦労を強いられた・・・

・・・復興会議の議論が空転するうち、委員の多くが、“東北への思い”を形にしたいと思っていることが分かってきた。それは「阪神・淡路復興委員会」の下河辺しもこうべ淳委員長が、「地域への思いを語る人がいないと結局はまとまらない」と言ったことと合致していた。
ただ“思い”を形にするのはきわめて難しい。我々議長団は、事務局のマンパワーを動員して委員の思いのたけを短冊化し、平台に載せては方向性を見いだす作業を繰り返した。普通の審議会なら言いっ放しで終わらせるようなことも、丁寧にすくい上げた。
その結果が、6月25日に提出した「復興への提言―悲惨のなかの希望」である。各論は検討部会が各省と調整して作り上げた具体案で網羅されたが、「前文」から各論の「序」や「結び」の部分は全体として、詩のリズムと劇的セリフで満たされた雰囲気に仕上げた。国の提言としては空前絶後のことだろう。“東北への思い”を口にする委員の多数派と議長団が、かろうじて歩み寄った形だ。

「提言」が出された後、事情を知らぬ方々からは、「自己陶酔か?」「自意識過剰!」とのお叱りを受けた。政治学者トリオが議長団にいながら心情吐露に終わったのか、という批判もあった。しかし、たまたま会議に姿を見せた菅かん首相でさえ「この会議は崩壊するのじゃないか」と独りごちたという会議の実態を考えれば、妥当な解決だったろう。10年後の今、もし同じような提言をすれば、SNSを含むメディアに“復興劇場”は徹底的にたたかれるのかもしれない・・・

御厨先生は、日経新聞にも寄稿しておられます。3月4日「人と人つなぎ「災後」切り開け 東日本大震災10年

北日本新聞に載りました。「被災地支え続けた岡本全勝さん」

3月5日の北日本新聞(富山県地方紙)に、1面を使って、「被災地支え続けた岡本全勝さん」が載りました。共同通信の取材による配信記事です。3回分とのことでしたが、北日本新聞は一挙に載せてくださったようです。
3回それぞれの見出しは、「まるで戦場や」天を仰ぐ、「できない」絶対言わない、「しょい続けていかな」です。

富山県には、平成6年から10年まで4年間、総務部長として勤務しました。当時お世話になった方から、「見たよ」との連絡がありました。ありがたいことです。

連載「公共を創る」第73回

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第73回「社会の課題の変化―新たに生まれてくるリスクと不安」が、発行されました。

前回に続き、近年の社会におけるリスクの特徴を説明しました。被害の形態からリスクを分類すると、
・武力攻撃や自然災害、事故は「身体や財産への被害」
・ライフラインの途絶などは「経済社会活動への被害」
・格差や人間関係の問題は「人間らしい生き方への被害」に、分けることができます。

コンピュータに例えると、身体や財産への被害は、機械の故障です。机の上のパソコンが、金かなづち槌で叩たたかれて壊れた状態です。
経済社会システムの混乱は、ネットワークの故障です。インターネット網が故障して、多くのパソコンがつながらなくなった状態です。
格差の問題は、パソコンとインターネットの接続において送受信の能力が低く、他の人と同じような仕事ができない状態です。社会生活の問題は、パソコンにもネットワークにも支障がないのですが、それでも他者とのつながりがうまくつくれない状態です。本人の能力なのか変換のプログラムがおかしいのか、書いたり受信したりしたものの内容が不十分で、相手に意味が通じない文章になっています。他人との通信がうまくできないのです。

新しい不安は、次のような要因で生まれます。
・技術と経済の発展によるもの。サリン、フロン、原発事故
・これまでもあったリスクが再認識されたもの。武力攻撃や自然災害
・成熟社会が生むもの。豊かな暮らしが失われる、生きにくい社会、格差と孤立

被災地首長、復興はできた

3月2日の朝日新聞が、被災地42自治体の首長アンケートを載せていました。「絆再生・心のケア、課題

2013年からの変化も、載っています。2013年では、「進んでいる」(どちらかといえば進んでいるを含む)が22、「進んでいない」(どちらかといえば進んでいないを含む)が19でした。年を追って好転し、2020年では、「進んでいる」が39、「進んでいない」が1でした。2017年までに、急速に進んだようです。
2021年は質問項目が変わり、「10年で復興できましたか」について、「できた」が36、「できていない」が3です。できていないのは福島県です。残っているのは、コミュニティ再生や心のケア、農林水産業再生です。

別途、復興状況を100点満点で聞いた質問もあります。岩手県と宮城県では100~90点がほとんどで、福島県は80点台~40点台です。原発被災地では、避難指示解除がまだのところ、最近解除されたところが多いのです。

提言、原発事故復興基本法案、2

提言、原発事故復興基本法案」の続きです。

原発事故復興基本法の骨子は、次の通り。
1 原発事故からの復興について、東京電力と政府の責任
2 行うべき作業の全体像
3 各作業の計画と担当者
・廃炉。東電と経産省
・除染と中間貯蔵施設。環境省
・避難指示解除。原災本部
・復興。経産省と復興庁
4 賠償について
5 事故の記録と伝承(東電は廃炉資料館を作り、事故の記録を残し展示しています。国はまだ取り組んでいません)
6 予算と財源
7 担当者。全体を統轄する大臣(経産大臣)とその組織(原災本部事務局。内閣府か経産省に局を置くのも一案です。どこにあるか分かるようにするべきです)。