1月7日の日経新聞経済教室、藤本隆宏・東京大学教授の「山積課題の全体最適解探れ 危機克服への道筋」から。
・・・だが一方でネット上では短い魅力的なフレーズが急速に拡散し、支持率や株価にさえ影響する。よって産業リーダーや言論界の側には、ややこしい連立方程式を一本一本にバラし、不都合な制約条件は無視して、シンプルなキャッチコピー的言説を多数発信したいとの誘惑が存在する。一つ間違えば、重大な見落としを伴う個別解の乱発となる。
こうした根拠の怪しい言説は、例えば後述する日本製造業衰退論や電気自動車(EV)礼賛論、インダストリー4.0周回遅れ論(ドイツ側の20年代予測を10年代の現実と混同した誤解)など、かなりの数にのぼる。
日本製造業衰退論はこの30年間、浮かんでは消えを繰り返した。だが結局、平成末の日本製造業の付加価値総額は100兆円強で、平成初頭に比べほとんど減っていない。約1千万人の就業者で割った付加価値生産性も約1100万円だ。仮に非製造業もこの生産性を達成すれば日本の国内総生産(GDP)は700兆円を超える。これが中国との賃金差が当初約20倍という強烈なハンディを、物的生産性を5年で5倍にするような生産革新で跳ね返してきた日本製造業の「30年戦争」の成果だ。衰退論の多くは、統計的分析も現場観察も理論的考察も欠落している。
EV礼賛論も地球温暖化防止という大目的に対し目的と手段を混同している。現世代リチウムイオン電池のエネルギー密度の限界、発火・劣化・充電時間などの弱点、材料調達・コスト問題、各国政府の政治的思惑などをすべて勘案しないと全体解は見えない。現在のEVは発電・製造段階で二酸化炭素(CO2)を出すことも無視できない。中国政府は、EVなら技術キャッチアップが容易との産業政策的判断もありEV化を推進するが、石炭火力発電の多い現体制では温暖化対策として限界がある。
加えて内燃機関のない純粋なEVの世界シェアは、新車市場の約2%(18年)、保有車両や総走行距離ベースなら1%以下だ。期待される次世代全固体電池の本格的普及が30年前後と予想される中で、30年時点のEV普及率は10~20%と専門家の多くは予想する。各国政府は普及政策の強化を企図するが、補助金をやめるとスタートアップ企業の倒産が相次ぎ、慌てて再開しようにも財政的に維持困難という問題に直面し、全体解は簡単に見つからない・・・