家庭の収入による子の体力格差

11月18日の朝日新聞スポーツ欄「子の体力格差、家庭の収入が一因に」から。
・・・収入が少ない家庭の子どもほど体力がない――。そんな「スポーツ格差」があることが、筑波大の清水紀宏教授(スポーツ科学)の研究チームによる実証研究でわかった・・・

清水教授の発言
「収入が高い家庭の子の方が、低収入家庭より、体力テストの総合点が高い。地域クラブや民間のスクールといった学校外スポーツプログラムへの加入率も同傾向でした。特にシャトルランと50メートル走で差が顕著です。運動習慣や頑張ったら褒められる環境で育っているか、が関係するのかもしれません」
「スポーツの習い事化が進む中、家庭の経済的な条件による格差が確認されたことで政策的な提言もできると思います。特に、格差が幼児段階から現れていることに注目すべきです。親頼みになる就学前のスポーツ習慣にも焦点を当てる必要性がわかったからです。格差は学年の進行とともに広がっており、幼少期のスポーツ投資の成果が蓄積されると推察されます」
「体力が高い子は、『何でも話せる友だちや仲のよい友だちがいる』と回答する率が高いのに対し、体力が低い子は孤独を感じている傾向がみられます。休み時間を、体力が低い子は、教室で一人で過ごす傾向がある。学校生活が心身発達のベースになることを考えると深刻です」

近況報告、復興関与の仕上げ

9月に内閣官房参与と福島復興再生総局事務局長を退任し、復興庁顧問として仕掛品の片付けや、現地視察を行っています。残っている課題を、首長さんたちと再確認したり、関係者に引き継いでいます。

特に津波被災地では、インフラ復旧はほぼ終わりました。現地を訪問した際には、首長さんたちと、9年前を思い出し、この9年間を振り返って、「あのときは、どこから手をつけるかわからず、がれき片付けに何年かかるか途方に暮れました」「あんなこともありましたね」「よくここまで来ました」など、一緒に感慨にふけっています。
首長さんからは「あの時、全勝さんから、助言をもらいました」「原案がダメなときに、代案を考えてもらいました」「行政ではできないことを、別の分野の人を紹介してもらいました」など、お礼を言ってもらいました。私は、ほとんど忘れていたのですが。

大震災を経験し、復興を指揮した市町村長さんたちは、皆さん良いお顔をしておられます。あの大被害を経験し、住民の時に理不尽な声にも応え、今の町を作り上げました。皆さん自信をつけ、次の課題に取り組んでおられます。主要な課題は、産業振興と人口減少対策、特に若い人に戻ってきてもらうことです。
原発被災地では、そうは行きません。まだまだ、復興途上です。しかも、放射線が相手なので、私たちの努力ではできないことも多いのです。

また、9年間の総括も始めています。その時々に考えたことを、講演会で話し、取材に答え、このホームページや雑誌、本に書き留めて残すようにしました。しかし、改めて、9年を振り返ることも必要です。マスコミや学者の方からも、そのような観点からの取材が増えています。質問の中には、私の忘れていた論点、考えていなかった視点のものもあり、勉強になります。

モンテプルチアーノ

11月22日の日経新聞文化欄、 坂井修一さんの「うたごころは科学する ワインの力」は、次のような書き出しで始まります。
・・・私は今、一杯の赤ワインを呑みながら、ノートPCでこの原稿を書いている。葡萄はモンテプルチアーノ。イタリアの大衆ワインだ・・・

小説「モンテ・クリスト伯」で脱獄した主人公が、モンテ・クリストという島にたどり着いて飲んだ酒が、モンテプルチアーノなのです。このワインを飲む度に、モンテ・クリスト伯が獄中で抱いた絶望と希望など主人公の心が、坂井さんの心の中でよみがえってくるのだそうです。

私は小説のことは知りませんでしたが、モンテプルチアーノを気に入っています。かつてイタリアのシエナを訪れた際に、食事に出てきたのがこれでした。街中のレストラン、天気も良く、仲間とも話が弾み、とてもおいしかったのです。
日本の酒屋さんでも置いてあります。値段はいろいろありますが、安いので、時々、日本酒から浮気して飲みます。おいしいのですが、あの日の味は再現できません。モンタルチーノは、よく似た名前のイタリアワインですが、こちらの方は高いようです。

コロナ禍による生活危機の安全網

11月16日の朝日新聞オピニオン欄、清川卓史・編集委員の「コロナ、広がる生活危機 期限切れ迫る支援策、次の一手を」から。

・・・新型コロナウイルスで緊急事態宣言が出た4月から、雇用・生活相談や炊き出しの現場に足を運び、取材を続けてきた。感じるのは、想像以上に広範な層が生活危機に直面しているということだ。
リーマン危機(2008年~)による貧困拡大局面では、工場で働く派遣社員など非正規雇用の男性(現役世代)を中心に、まず問題が顕在化した。「派遣切り」で職と住まいを失った人を支える「年越し派遣村」の取り組みは、広がる貧困を可視化して強い印象を残した。
今回のコロナ禍では、飲食業などの自営業者や正社員、フリーランスの芸術家やインストラクターなど、多様な職種の人々が生活の困窮状態に陥った。女性の雇用が大きなダメージを受けていることも特徴として指摘される。奨学金とアルバイトで生計を立てる大学生から、年金不足で仕事を続ける高齢者まで、年齢層も幅広い。日本で暮らす外国人の深刻な危機も表面化している・・・

・・・ 貧困危機への公的支援をみると、リーマン危機後の数年間は生活保護の利用者が急増した。11年度には、現行制度下で最多だった1951年度を上回る約207万人に。2015年3月(約217万人)にピークに達し、その後は減少傾向が続いていた。
今年4月の生活保護申請は前年同月比24・8%増とはね上がったが、5~8月の申請は前年水準を下回っている。要因として指摘されるのは、生活保護の手前の安全網を国が大幅に拡充し、それを多くの人々が利用していることだ。
柱は、家賃補助にあたる「住居確保給付金」(原則3カ月、最長9カ月)と、社会福祉協議会が窓口になる無利子・保証人不要の特例貸し付けだ・・・
・・・こうした安全網の大胆な拡充が今まで一定の歯止めになってきたことは間違いない。だがコロナ禍の影響で解雇や雇い止め(見込みを含む)にあった人は厚生労働省の集計で7万人を超え、厳しい雇用情勢は続いている・・・一時的な給付金や貸し付けの延長に加えて、追い詰められた人を生活保護につなぐ態勢づくりが求められる・・・

記事についている図「コロナ禍による生活危機の安全網」が、わかりやすいです。

復興政策を社会の中に位置づける

東日本大震災の復興に携わって、あるときから、次のようなことを意識しました。被災者支援や復興の課題を成し遂げることが任務なのですが、もう少し広い視野から、私たちの仕事の意義を考えてみたのです。

すると、「この仕事を、社会と歴史の中で、どこに位置づけるか」だと気づきました。「一生懸命取り組みました」「これだけ公共施設が復旧しました」という努力と成果を書き記すことも重要です。しかし、それに留まらず、大震災と原発事故とそこからの復興という取り組みを、社会の中で位置づけることです。
そこには、同時代の出来事として私たちの意識の中でどこに位置づけるかと、歴史の中でどのように位置づけるかが含まれています。参考「位置づける

まず、災害についてです。大津波は、千年に一度と評されました。原発事故は、日本では初めて、世界でもチェルノブイリと並ぶ歴史に残る最大級の事故でした。そして未曾有の被害は、報道によって、国民の意識の中に位置づけられました。これが、大震災の天災と事故との位置づけです。

次に復興政策は、日本社会、日本の行政の中で、どこに位置づけるのか。政治課題としては、「東北の復興なくして日本の復興なし」と、安倍総理が位置づけました。基本法も作られました。復興庁は、他省庁より一格上に位置づけられました。特別会計もつくって、予算上も位置が与えられました。法律、組織、予算などの位置づけがはっきりしました。この項続く