官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で。その2

朝日新聞「官邸の怪人、「民」と出会った衝撃 復興の現場で」」の続きです。記事にも登場する藤沢烈さんが、ブログに書いてくれました。10年を振り返ってです。「岡本全勝さんという稀有な官僚の退任」(10月13日掲載)。藤沢さんは、復興をはじめ社会の課題に取り組むNPO「RCF」を運営しています。

・・・岡本全勝さんとはじめて「遭遇」したのは、2011年春。東日本大震災に関わる大臣が一同に会する会合を、全勝さんが完全に仕切っている現場においてでした。私は当時、内閣官房震災ボランティア連携室の一スタッフとして会合に陪席していたのですが、「こうした方が復興施策をリードしているのか」と衝撃を受けたことを今でもはっきりと覚えています。
その後、様々な偶然でご縁を頂き、官と民のあり方について指導頂いています。私やRCFは行政と民間の連携をミッションとしていますが、この道を進むと決めたのは、全勝さんとの出会いがきっかけでした・・・

・・・RCFは、社会事業コーディネーターという仕事をしています。RCFによるコーディネイトは一般と異なります。根底にある社会課題に向き合い、関係者を調整というよりもむしろリードしながら、仕事を進めます。こうした視点を持てたのも、全勝さんの仕事を見たからでした。
「復興」という言葉に答えはありません。基本は被災者に寄り添うことですが、寄り添いすぎても、その地域の復興にとってプラスにならないこともあります。被災自治体と県と国。民間と行政。復興にむけて連携が必須ですが、利害が一致しないことも多々あります。
そうした中で全勝さんは常に仕事に哲学をもっていて、その世界観にあらゆる関係者を巻き込みながら、影響をあたえながら、新しい社会を創り続けていました。そうでなければ復興は進まなかったはずです。社会課題解決においても、そうしたビジョンとリーダーシップがあるコーディネーターが必要だと、全勝さんを通じて気づくことができました・・・

過分のお褒めの言葉、ありがとうございます。NPOの活躍を社会に認知してもらい、行政の関係を変えることができたと思います。それに貢献できたことは、私の誇りです。
NPOは、いまや災害時には、なくてはならない存在になりました。阪神淡路大震災がボランティア元年と呼ばれましたが、東日本大震災はNPOが認知される場でした。次は、災害以外での活躍を、社会で認知してもらい、さらに協働を進めることです。