李登輝・元総統の政治哲学

9月5日の読売新聞、橋本五郎・特別編集委員の「誠は物の終始なり」は、台湾の元総統李登輝の評価です。
・・・李登輝さんは私が出会った政治家の中で五指に入る偉大なリーダーでした。なぜなのか。
第一に、李登輝さんには信仰がありました。敬虔けいけんなクリスチャンでした。総統という重責を担った期間は「毎日が闘争だった」と振り返っています。
そんな困難な事態に直面したとき、必ず『聖書』を手にし、まず神に祈りました。そして聖書を開いて自分が指さしたところを一生懸命読み、自らどう対処すべきかを考えました。ただその信仰は決して排他的ではありませんでした。「他の宗教を信仰しているなら、その神に祈ればよい」という立場です。

第二に、李登輝さんには哲学がありました。著書『「武士道」解題 ノーブレス・オブリージュとは』(小学館文庫)には哲学的思索の歩みが綴つづられています。青春時代の魂の遍歴過程で最も大きな影響を受けたのは、ゲーテの『ファウスト』と倉田百三『出家とその弟子』、カーライル『衣装哲学』だそうです。『ファウスト』を読み、この世の真理とは大きな愛であることを知ったといいます。

第三は、良き日本人の精神を持っていたことです。李登輝さんは、台湾でもっとも愛されている日本人の一人、八田與一さんを通して日本精神を説明しています。八田は灌漑かんがい事業で不毛の地を豊かな農地に変え、台湾の農民に希望を与えました・・・

・・・政治的リーダーについて李登輝さんがもっとも強調したのは「誠」でした。中国の古典『中庸』には「誠は物の終始なり。誠ならざれば物なし」とあります。一切は誠から始まり、誠に終わる。誠は一切の根元だという意味です。李登輝さんにとって誠とは「相手にわかる言葉で説く」ということです。
李登輝さんは「私は権力ではない」という権力観の持ち主でした。権力とは困難な問題の解決や理想的な計画を執行するための道具にすぎない。それは一時的に国民から借りたもので、仕事が終われば返還すべきものである。いつでも手放す覚悟がなくてはいけないのです・・・