8月6日の日経新聞経済教室「アフターコロナを探る」、星岳雄・東京大学教授の「未来先取りの改革、今度こそ」から。
・・・7月17日、2020年の骨太方針が閣議決定された。「世界が今、大きな変化に直面する中で、我が国は新たな時代を見据え未来を先取りする社会変革に取り組まねばならない」と指摘し、「『新たな日常』を通じた『質』の高い経済社会の実現を目指す」としている。
「大きな変化に直面」しているのは確かであり、これを機会に「質の高い経済社会の実現を目指す」という姿勢は大きく評価したい。しかし、ここ30年ほどの日本経済を振り返ると、大きな変化が「未来を先取りする社会変革」につながったことはない・・・
・・・日本経済は多くの変化に見舞われてきた。バブルの崩壊に始まり、1990年代終盤には金融危機を経験した。その10年後には世界金融危機の打撃を受け、その後東日本大震災も含めて数々のショックがあった。
このような大きなショックに襲われるたびに、見られたのは「新たな日常」のための変革を促す政策ではなく、「いままでの日常」を守るための政策だった。その特徴は雇用を維持するための政策に特によく表れた。それは、新しい状況に適するように、産業の再編や労働の移動を促進する政策ではなく、変化に抵抗して現存の企業を守ることによってその雇用を維持しようという政策だった。
一番わかりやすい政策は雇用調整助成金の制度だろう。75年に遡るこの制度は、変化に対応するための雇用調整を助成するのではなく、抜本的な雇用調整を行わずに休業などにより切り抜けようとする企業のための給付金である。
このような雇用維持の政策から、変化に対応するための労働者の移動を助けるような政策への転換の必要性が訴えられたこともあった。だが実際にはリーマン・ショックなどの大きなショックが起きるたびに、企業保護を通した雇用維持の政策へと逆戻りしてしまった・・・
・・・雇用を維持するために現存の企業を守るという政策は、2つの大きな問題を引き起こす。
一つは、本来は退出して新しい企業にとって代わられるべき企業までも保護してしまうことだ。その結果、先進国の経済成長にとって重要な新陳代謝のプロセスが妨げられる・・・
企業を守ることを通して雇用を守る政策のもう一つの問題は、守られるのが雇用の一部に限られてしまうことである。これは、雇用維持の政策が、終身雇用制度に代表される日本の雇用システムと結びついた結果だ。大企業に働く、多くは男性の正社員の雇用は守られるものの、終身雇用の対象から外れている非正規労働者や中小企業の労働者は守られない。男性と女性で分けると、守られない労働者は女性の方が多い。
さらに、現存する一部の雇用が守られる一方で、まだ雇用されていない若年層の就職機会が失われてしまうという問題もある。玄田有史・東大教授の研究などにより、90年代の日本の経済停滞が始まった時に、守るべき中高年の構成比が高かった事業所ほど、新規採用を止めるところが多かったことが明らかにされた・・・