引き継がれる敗戦のトラウマ

8月7日の日経新聞文化欄、インタビュー 戦後日本の行方(2)、作家の赤坂真理さん「現代男性の心に刻まれた「敗戦のトラウマ」とは」から。

・・・世代が替わり、戦争を体験した人々が少なくなっても、心の傷痕は自然には消えない。親から子、子から孫と受け継がれ、さまざまな問題を引き起こしかねない・・・

・・・戦争体験を語るとき、そこには一定のフォーマットがある。「巻き込まれて大変な苦労をした」という被害者の語り、いわば「女性の語り」だ。
男性はあまり戦争を語りたがらない。語るとしても、往々にして被害者の語り口になる。だから戦争を動かしてきた男性の声は埋もれている。戦争は悪いことだったという結論ありきでスタートするので、正直な気持ちが言えないのか。男性のプライドは傷ついているはずだ。
酒に酔ったときなどにその片りんが表れ、眉をひそめたという妻や子の証言はいくつも残っている。男性は意識的にせよ、無意識的にせよ本音を語らず、忘れたふりをするしかなかった。男性のプライドがどこに行くのか、興味がある。
経済戦争と呼ばれた時代にも、先の敗戦の傷が刻まれているのではないか。男性はワーカホリックになり、経済で世界で勝とうとした。バブル期の日本企業が米国を象徴する摩天楼を買収したとき人々が喜んだのは、心の中に敗戦による鬱屈や惨めさを抱えていたからではないか。だから経済が弱くなると体面が保てなくなってしまう・・・

鋭い指摘です。命を賭けて戦った戦争。従軍した兵士たちは、復員後、その体験について語ることは限定されました。公の場で自分たちの功績を語ることはできず、負の面はなおさら語ることを避けました。内面に押し込め、忘れたふりをしたのでしょう。負け戦とはそのようなものです。
さらに、太平洋戦争は、アメリカによる占領と改革で、戦前日本そのものを否定する結果を招きました。軍隊自体を否定されたのです。
男たちは、否定された経験を乗り越えるためにも、全力を経済成長の闘いにつぎ込んだのだと思います。
この項続く