松元崇著『日本経済 低成長からの脱却』

松元崇著『日本経済 低成長からの脱却 縮み続けた平成を超えて』(2019年、NTT出版)が、勉強になりました。お勧めです。詳しくは本書を読んでいただくとして、私なりの理解を書いておきます。

バブル崩壊後、平成時代の30年間に、日本の産業は地位を落とし、経済は停滞しました。驚異的な経済成長を続けた日本は、いまや先進国の中で低い成長率を続けています。著者は、経済の「景気」と「成長」は別物であり、日本経済の停滞は景気問題ではなく、成長問題だと指摘します。三つの過剰を解消しても、金利を下げても、日本の生産性は向上していません。そして、日本の産業と経済の低下の原因を、2つ挙げます。

1つは、世界の生産構造の変化です。
グローバル化とIT化によって、世界中どこでも(ある程度の水準の労働者と社会インフラがあれば。岡本の補足です)、何でも生産できるようになりました。日本企業も、日本国内だけでなく、海外でも投資をするようになりました。というか、日本国内に投資せず、海外に投資しているのです。日本企業が日本に投資しないことが、経済の停滞の原因だと指摘します。
日本は、企業に選ばれない国になりました。それは、次に挙げる日本の労働慣行が、新しい投資に足かせになるからです。

もう1つは、日本の雇用慣行です。
日本の強みだった終身雇用制度が、生産性向上の足を引っ張っているのです。日本の政策は、解雇をさせない、企業もなるべく倒産させないと言うものです。すると、企業は生産性の低い事業を続け、新しい分野に投資しません。生産性が低いままでは、世界で戦えません。企業が元気になり、労働者がより高い賃金を得るためには、企業も労働者も新しい分野への転換が必要です。ところが、失業させないことと終身雇用制度が、それをさせません。

対比として、スウェーデンが上げられています。かつて高福祉高負担の代表だった国です。公的支出は7割を超えていました。その後下がり、現在は5割です。ドイツやフランスより低くなっています。そして経済成長を続けています。
日本との違いは、労働者の保護のしかたです。スウェーデンでは、不振な企業は倒産に任せ、失業した労働者を再訓練して再就職させます。日本では、生産性の低い(世界で戦えない)企業が生き残り、スウェーデンでは企業の新陳代謝が進みます。

日本社会の意識と慣行が、かつては日本を世界一に押し上げ、現在はそれによって停滞している。この指摘に、我が意を得たりです。現在執筆している連載「公共を創る」で、世界最高の豊かで安心な社会をつくった日本人の意識と社会慣行が、現在の社会の不安に答えていないことを書いています。同じ構図が、経済に出ているのです。平成時代は、その曲がり角でした。そして、国民の意識も行政も、その転換に遅れています。

著者は、大蔵省出身、内閣府で経済財政担当統括官(私の上司でした)や事務次官を務めました。その際に考えられたことが、本書の基礎になっているようです。

参考
日経新聞5月25日、小関広洋・帝京平成大学教授の書評
財務省広報誌「ファイナンス」2019年8月号、荒巻健二さんの書評

働き方を変えた

9月3日の読売新聞「就活ON」、東松寛文さんの「働き方を変える」から。

・・・終電まで仕事をしたり、取引先との会食で深夜まで飲み続け、タクシーで帰宅したりする毎日でした。激務から現実逃避するような気持ちで、つい米国のプロバスケットボールの観戦チケットを、インターネットで購入してしまいました。
仕事中心で「海外なんて新婚旅行まで無理」と思っていましたが、チケットが届くと行きたい気持ちが膨らみました。思い切って上司に相談し、5月の大型連休中、3泊5日でロサンゼルスへ。少し短めの連休でも十分リフレッシュできました。その楽しさが忘れられず、翌年は8回も海外に行きました。
いつも疲れて昼まで寝ていた週末を、自分のために使おうと決め、平日の働き方も変えました。優先順位や段取りを考え、残業はしない。メールはすぐ返信。休みの前に仕事を終えるため、上司や取引先が設けた締め切りを前倒しし、自分の中の締め切りを決めるようにしました。それによって仕事の効率が上がり、評価も上がりました・・・

農水省の原発被災地農業再開支援

農水大臣が、原発被災地の農業再生のために、新たな支援をすることを発表しました。農水省の資料

「来年春から12市町村に職員を1人ずつ派遣し、地元と連携しながら、それぞれの状況を十分把握した上で、営農再開を後押しするなど対応していくとしています。
また、農業の担い手が不足するなか、大規模で生産性の高い農業を目指す必要があるとして、企業など外部からの参入を促進することや、遊休農地や所有者が不明になっている農地を対象に、地域で一体的に営農を進められるようにする特例制度を新たに設けることを検討しています」NHKニュース福島民友

被災地の復興のためには、産業の再生が必要です。商工業は経産省が中心になって、事業者の再開支援と新たな産業育成に力を入れています。農業も営農再開を期待しているのですが、戻らないと決めた人も多く、担い手対策などの支援が必要です。農水省が新たに力を入れてくれることになりました。

東京の大企業の病理

9月3日の日経新聞オピニオン欄、梶原誠さんの「東京銘柄埋没は訴える 京都企業を超えろ」から。

・・・本社の所在地別に株価を点検すると、興味深い事実が浮かび上がる。「東京銘柄」の値動きが、「地方銘柄」に劣るのだ・・・
・・・人口も行政機能も東京に集中しているが、株価は逆だ。20年前との比較では、東日本大震災の被害を受けた東北と、北海道を除く全ての地域に東京は見劣りし、「首都埋没」が鮮明になる。
今年も米国など多くの国で株価が史上最高値を更新したが、日本株は停滞している。原因は時価総額の62%を占める東京銘柄、なかでも大企業にある。東京の大企業の象徴である経団連正副会長の出身企業の時価総額は、5年前から5%しか増えていない・・・

・・・まずは経営コンサルタントである経営共創基盤の代表取締役、村岡隆史氏。東京の大手企業にM&A(合併・買収)を提案した際、法務、財務、グループ会社の管理を担当する部署などから2人ずつも集まって話を聞いてくれた。だが、議論は前に進まない。
決定権を持つのはそれらの部署を統括する別の部署であり、その上にいる重役だからだ。「東京の企業はバブル期に間接部門が肥大化したままだ」という。
次に、昨年まで国際協力銀行の総裁だった近藤章氏。国際競争入札の内幕に接し、下馬評に反して入札で敗れる「経団連銘柄」を見てきた。「IT(情報技術)化ひとつ取っても遅れ、膨大な量の紙を社内で使っている。安い価格で入札できるはずがない」という。

2人が共に指摘するのが「東京の大企業には霞が関とのしがらみがある」という点だ。大きな決定の前に官僚に根回しをする担当者も置く必要があるし、政府への報告は今も紙が主流だ。役所と深く交流する分、官僚的な文化が伝染した面もある。
バブルが崩壊した1991年以降の時価総額の変化率を見ると、最も減らした企業は銀行、電力、建設の3業種に集中する。政府は護送船団方式で銀行を、地域独占体制で電力を、公共工事で建設業界を守ってきた。政府と密接なあまり稼ぐ力を高められなかった点で、東京銘柄の不振と重なる・・・

官僚意識調査その3

官僚意識調査」の続きです。
かつての村松岐夫先生の調査について、紹介します。若い人はご存じないでしょうから(以下の文章は、北村亘先生の協力を頂きました)。

調査に基づく成果物を挙げましょう。
1 村松岐夫『戦後日本の官僚制』(1981年、東洋経済新報社) サントリー学芸賞受賞(京極純一先生の選評)
2 同『日本の行政(中公新書)』(1994年、中央公論新社)
3 同『政官スクラム型リーダーシップの崩壊』(2010年、東洋経済新報社)
4 村松岐夫・久米郁男(編)『日本政治 変動の30年』(2006年、東洋経済新報社)

1は、学界でもマスメディアでも「官僚優位論」が自明とされた時代に、旧8省庁の課長以上の官僚アンケート調査で与党の影響力の強さを指摘しました。さらに、官僚の役割が、理想主義的に自らが国益を追求する国士型(古典的官僚像)から、与党の意向を受け入れる調整型(政治的官僚像)に変化していることを計量的に示しました。
この主張は、1970年代後半から1980年代の学界では大論争になり、当初は異端扱いされたそうです。しかし、2が出たときにはもはや政治学や行政学の教科書でも定着した考えとなり、さらにどのような場合に官僚はどのような行動を採るのかという段階の研究に進んでいきました。

この調査を再開する意義を、理解してもらえたと思います。
政治家も官僚もそしてマスコミも、「過去の通説」に縛られます。しかし現実の世界では、新しい状況が生まれています。村松先生の調査は、大きな意義があったのですが、現在となっては古くなりました。
そして、日本の政官関係が、政治主導の時代に変化しています。その際に、官僚たちはどのように考え行動しているか。それを明らかにすることは、重要なのです。続く