今日午後は、全日本不動産協会中野・杉並支部の総会に呼ばれて、大震災からの復興をお話ししてきました。林支部長が、わが家のご近所で、ご指名いただきました。
仮設住宅や住まいの復興に関わる人たちですので、お礼を込めて、どのようなことをしたか、しているかを、スライドを使ってお話ししました。
200人もの方が、熱心に聞いてくださいました。
年別アーカイブ:2018年
地方自治論Ⅰ、学生への連絡
2018年春学期・地方自治論Ⅰを受講する学生への連絡です。
1 教室は、第1校舎121教室に変更になりました。
2 今日(4月18日)午後に、第2回(4月20日)のレジュメをkeio.jpにアップしましたが、中身が間違っていました。先ほど差し替えたので、注意してください。
指摘してくれたKくん、ありがとう。
東北復興新聞インタビュー、7年を振り返る
東北復興新聞に、私のインタビュー「復興庁は何をしたのか。元事務次官が語る国の”責任”」が載りました。
東北復興新聞は、NPOが作ってくれている、復興支援の情報を集めた新聞(ウエッブサイト)です。
「Beyond 2020」は、「今も復興の最前線で活躍する計50人の声を届ける連載」です。その趣旨から、「あれから変わったこと、変わらなかったこと」「私は未来をこう描く」などを50人に問うています。
ウエッブの特性から、文章中の用語に、リンクが張られていて、クリックすると詳しい実情がわかるようになっています。これは便利ですね。
50人の最後が、私だそうです。また、この新聞も、役割を終えたことから、終了するそうです。
長い間、ありがとうございました。
生産性を上げるために、サービスは有償
4月12日の朝日新聞オピニオン欄「サボりのススメ」、海老原嗣生さん(雇用ジャーナリスト)の「完璧求める意識変えては」から。
・・・生産性とは、アウトプットつまり成果を、インプットすなわち労働量で割ったものです。成果が一定なら、時間をかけて丁寧な仕事をするだけ生産性は下がります。極端なことを言えば、仕事をいい加減にして労働時間を減らした方が生産性は高まるんです。
日本で「生産性を上げる」というと、労働時間は減らさずに仕事を効率的にして、もっと成果を増やすことを意味します。これは、企業の問題というよりは、生産性に結びつかないものを社会が求めていることがあると思います。
たとえば日本は返品をゼロに近づけようとしますが、欧米は「不良品があれば返品してもらえばいい」という発想です。不良品率を1%から0・1%にするために労働時間が1割増えれば、生産性は落ちてしまうのに、日本はクレーム社会のために不良品には不満や文句がつき、返品すればいいという話にはなりません。社会が完璧を求めて、生産性を下げているんです。
「お客様は神様」の意識も問題です。「明日までに終わらせて」「いくらでやってくれ」と納期や金額の条件を示されると、「できません」と言いづらい。海外は「モノやサービスとお金の等価交換」という意識なので、客が厳しすぎる要求をすれば「やりません」で済みます。
そもそも、「サービス残業」が「無給残業」の意味で使われているのがおかしいんですよ。サービスには対価が伴うのが当然ですが、日本では「サービス=無料」という意識が根強くあります・・・
同じく、中田克哉さん(八重洲地下街相談役)の次の発言には、私も経験があります。
・・・ 当時は右肩上がりの時代で、土日出勤や残業は当たり前でした。一方で、会社には社員の息抜きを許容する余裕があったと思います。時間の流れも緩やかで、ラジオで高校野球の中継を聞きながら仕事することもありました・・・
第三者委員会の功罪
NHKニュースウエッブに「“不合格”続出 第三者委員会って名ばかり?」が載っていました。記事に出てくる、格付け委員会は、「第三者委員会報告書格付け委員会」です。
1月18日の読売新聞解説欄で、久保利英明・弁護士が、「名ばかり第三者委 企業の損失」を書いておられました。
・・・十数年前から、企業の不祥事が発覚した際、弁護士らが独立した立場で原因を調べる「第三者委員会」が設置されるようになった。
不祥事が始まった時期や原因を究明し、再発防止策を報告書で提言するものだ。世間の信頼を失った企業が自ら調べるより、調査に対する信頼性や客観性が高い。
しかし、現実には、経営者から依頼を受け、企業の不正を隠して責任逃れを助ける「名ばかり第三者委員会」が散見される・・・
4月10日の朝日新聞は「神鋼報告書「評価に値せず」」を書いていました。神戸製鋼がデータ改ざん問題を受けて3月に公表した調査報告書について、報告書の原本を「訴訟で不利になるリスクがある」として非公表としています。これについて、この第三者委員会報告書格付け委員会が、「説明責任より訴訟対応を優先したのは妥当か」と批判しています。
組織で不祥事が発生した場合に、第三者委員会を設置して、原因究明や再発防止策を提言することが行われています。いわば、一種のはやりです。
しかし、原因究明に至らなかったり、報告書を公表しないようでは、不正隠しの一手法でしかありません。ひとまず「第三者委員会で調査してもらいます」と答えておいて、ほとぼりが冷めるのを待つ、となっていないでしょうか。
これとよく似たのが、新聞社の取材に対して、「(正式に受け取っていないので)コメントできない」といった答えをすることです。
このような「逃げ」を防ぐためには、マスコミが忘れることなく、後日に追いかけた取材と報道をしてくれることです。
もう一つ、私は、第三者委員会は「逃げ」だと思う理由があります。それは、職員が外部の人に真実を話すかということです。
組織内(会社ににしろ、役所にしろ)で証言しない職員が、外部の人に話すとは思えないのです。調査するなら、外部の人に丸投げするのではなく、幹部職員が責任を持って職員から聞き取りをすべきです。
そして、それでも十分な調査ができないようなら、その組織の「実力」が疑われます。それはまた、その組織の評価を下げることになるでしょう。
部下がやってしまった失敗の責任をとることと、調査をする責任との違いについては「私の経験」をお読みください。