年別アーカイブ:2018年

慶應大学、公共政策論第3回目

2018年4月27日   岡本全勝

公共政策論も、第3回目の授業です。
社会の課題を考えてもらうために、私が分類している社会のリスクを説明しました。この分類は、かなりの力作です。「こんなリスクもあるなあ」「こんな分類もあるんだ」と思ってもらえたと思います。
学問(特に社会科学)は、社会の事象をどのように捉えるか、その基礎として様々な事象をどのように分類するかが、基本です。それによって、社会の見え方が変わり、対策が変わります。同じ事象を、どのような切り口で分類するか、そこに研究者の力量が問われます。

そのあと、大震災対応について前回の続きを、スライドで説明しました。
授業は順調ですが、200人を相手に講義した後、引き続き50人を相手に話すのは、さすがに疲れますね。
夜、異業種交流会を終えて、自宅でこのホームページの加筆をしています。1週間が終わり、「心地よい疲れ」と言いたいところですが、それを通り越しています。サッサとお風呂に入って、寝ますわ。
次回授業は、連休の谷間の5月2日です。しかも、6月1日はお休みなのです。大学からの指示ですが、不思議な日程です。

学生諸君へ
授業中に紹介した、川喜田二郎さんのKJ法を書いてある本は、『発想法』(中公新書、1967年、改版2017年)です。
予防接種のジレンマは、手塚洋輔著『戦後行政の構造とディレンマ―予防接種行政の変遷』(2010年、藤原書店)です。

慶應大学、地方自治論Ⅰ第3回目

2018年4月27日   岡本全勝

今日は、慶應大学で地方自治論Ⅰ、第3回目の授業でした。出席カードは201枚です。少しの学生を除いて、ほとんどの学生が9時からの授業に遅れず出席しています。
課題として出してある小レポートの、書き方のコツをお教えしました。
そのあと、地方自治論の本論に入りました。学生たちが、準教科書を読んでいることを前提に、ポイントを話します。まずは、地方自治の意義と機能です。ここは重要です。

小レポートについて、質問がありました。「取り上げる政策は、首長の施政方針のうち、大きなテーマが良いですか、その中の個別の政策でも良いですか?」。
どちらでも良いです。助言するなら、テーマは狭い方が、より具体的に書くことができるので、楽です。

タッチタイピングができるかと聞いたら、ほとんどの学生ができません。これもスマートフォンの普及の結果でしょう。企業の方に聞いたら、最近の学生(新規採用職員)は、固定電話が取れないことや、タッチタイピングができないことを、ぼやいておられますから。
練習しておいた方が、社会人になってから苦労しませんよ。練習ソフトがインターネット上で、無料で提供されています。やってみましょう。

日経新聞夕刊コラム第17回

2018年4月26日   岡本全勝

日経新聞夕刊コラム第17回「この国のかたち」が載りました。前回に引き続き、日本の行政論について書きました。

「この国のかたち」という表現は、司馬遼太郎さんのことばです。
明治以来、欧米先進国から制度を輸入し全国に広めることが、日本の行政、大学、企業の仕事の仕方でした。「制度輸入、全国均てん」方式です。官僚、大学教授、企業の選ばれた職員が、欧米に留学し最新知識を持ち帰りました。
そして、大成功しました。しかし、先進国に追いついたことで、この手法は役割を終えます。たぶん1970年代から1980年代でしょう。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という表現は、「もうお手本はなくなった」ということを表していたのです。最後に「輸入」した行政制度は、2000年に開始した介護保険制度だと思います。

今回のコラムには書けませんでしたが、ジャパン・アズ・ナンバーワンが成り立ったのは、前にお手本があったこととともに、後ろから追いかけてくる国がいなかったからです。
台湾、韓国、そして中国が、それぞれの国内事情で経済発展が遅れました。これらの国々が経済開発に舵を切り、日本を追いかけてきて、日本の一人勝ちはなくなりました。
もっとも、これらの国々も、後発利益で快進撃を続けている限りは、日本と同じ道を歩むでしょう。すると、いずれ天井に当たります。それを避ける、あるいは突破するためには、新しい産業モデル、社会モデルをつくらなければなりません。
アメリカは、新しい産業に挑戦しています。IT、ハリウッド、バイオなどなど。また、それらを生みだすような「競争社会」です。それらと同じ土俵で競争するのか、別の社会を目指すのか。それも含めて「この国のかたち」をつくらなければなりません。

春の雨

2018年4月25日   岡本全勝

今日の東北、関東地方は、春の雨でした。昼、福島から東京に向かう新幹線の窓からは、雨に煙った田んぼと里山が見えました。
ほとんどの田には水が張られ、きれいな景色です。水蒸気に満ちた景色は、東南アジア、モンスーン地帯特有のものですが、水田との取り合わせが、よくわかります。こんなに雨が降らなかったら、牧草地になったり、もっと乾燥した景色になるのでしょう。
雨模様は、外出する際には困ったものですが、このような風情も、良いものですね。

伊藤聖伸著『ライシテから読む現代フランス』

2018年4月25日   岡本全勝

伊藤聖伸著『ライシテから読む現代フランス』(2018年、岩波新書)を読みました。ライシテとは、日本では耳慣れない言葉です。「フランスでの政教分離」と訳すとわかりやすいです。「ウィキペディア」。しかし、フランスでは大革命以来、日本では理解できないほどの、厳しい歴史があります。かつて、谷川稔著『十字架と三色旗―近代フランスにおける政教分離』を紹介したことがあります。

政教分離と言っても、各国の歴史的背景、社会での変化によって、状況が異なります。時代によっても変わります。
西欧では、キリスト教が広まる際に、ローマ帝国(皇帝)との戦いがあり、その後、国教となります。中世は、「カエサルのものはカエサルに」と、共存・相互分担でした。王様が、教皇から破門されることもありましたが。フランス革命で、キリスト教は国教の地位を追われます。しかし、教育は実質的に教会が担っていました。国民の多数も、教会に行くのです。その後、教育が世俗化する過程も、興味深い物があります。フランス革命は、身分を取り払うとともに、その支えであった宗教やギルドなど「中間集団」を認めず、国家が国民を直接支配することを目指します。
さて、「カエサルのものはカエサルに」と共存していた政治と宗教が、再度、緊張関係に立ちます。イスラム教徒の増加です。イスラムそれも原理主義は、政教分離でなく、一体です。
またスカーフをかぶることを、政教分離として認めるのか、逆に政教分離だから認めないか。難しい問題が生じます。

日本では、「八百万神」という考えが主流で、どのような宗教も許容します。しかし、スカーフをかぶるイスラム教徒が増加した場合、どのようになるでしょうか。輸血や手術を認めない宗教の信徒が、けがをして病院に運ばれた場合、医師はどのように対処したら良いのでしょうか。「政教分離」では解決しない問題が出て来ます。
「ほかの宗教も認める」という立場だから、複数の宗教が並存できます。「我が神が絶対第一だ。ほかの神は認めない」という宗教だと、政教分離は成り立ちません。

社会の分断や亀裂を、どのようにまとめ、統合するか。そこに、政治の役割があります。宗教は、統合の仕組みでもあり、他者との排除の仕組みでもあります。
ここには書き切れないほど、難しい問題です。新書ですが、深く考えさせる本です。お読みください。