年別アーカイブ:2018年

他者を引きつける魅力、国力とはなにか

2018年9月8日   岡本全勝

フランス旅行中に、頭に浮かんだことがあります。「国力とはなにか」です。フランスが、現在なお世界の人を引きつける力です。

政治(学)では、力(パワー)は、相手にこちらの意向に従わせることです。その方法は大きく分けて、腕力(軍事力、暴力)、金力(経済力)、魅力(文化、憧れ、宗教など)があります。ここで取り上げたいのは、魅力です。
腕力は、相手が嫌々従います。金力も、仕方なく行動を合わせます。それぞれ力のある方が、それだけのコストをかけて、相手に働きかけなければなりません。しかし、魅力は、そんなことをしなくても、相手方が来てくれるのです。もっともスマートな方法です。

フランスは、軍事力と経済力では世界第一級ではなくなりました。しかし今なお、世界中から人を引きつけ、その動向は国際的に注目されます。かつての世界中の人が憧れたのは、華やかな都パリもありますが、その文化と芸術だったのでしょう。
美術、音楽、オペラ、立派な街並み、フランス料理・・・。しかしそれら以上に、フランスが輸出した(世界に範を示した)文化に、市民革命があります。象徴的に言えば、自由・平等であり、ナポレオン法典です。これは、世界を変えました。

このホームページでも、ハードパワーに対する、ソフトパワーは何度も取り上げています。「日本の魅力力」「国家のパワー再考・相手を動かす力と左右されない力」。
先日書いた「身につけた経済力を生かす」と合わせて、日本は何を遺すか、何を世界に売るかを考えています。
個人にも、適用できます。

次官・局長の報酬と社長・専務の報酬

2018年9月7日   岡本全勝

9月8日の日経新聞オピニオン欄。上杉素直さんの「公務員を生かすために」から。

・・・大臣を支える官僚はどうか。人々をあきれさせる不祥事が立て続けに起きる惨状を目にすると、だれしもが役所の規律の緩みにクビをかしげざるを得なくなる。ただ、ひとつのテーマに長年にわたって携わる役人の知識と経験は本来、政策をつくって円滑に進めるうえで欠かせないパーツだ・・・
・・・にもかかわらずと言うべきか、待遇面にスポットを当てれば、社会の期待に応えられる才能を役所が継続的に集めていけるかどうか心もとない。報酬の官民差が鮮明になっているからだ。
典型的なのがトップクラスの人材。役所の事務方の頂点に立つ事務次官のモデル年収は17年度で2327万4千円、本府省の局長は1772万8千円(内閣官房内閣人事局「国家公務員の給与(平成30年版)」)。デロイトトーマツコンサルティングの17年の調査によると、東証1部上場334社の社長報酬の中央値は5435万2千円で役所の次官の2.3倍だ。次官の給与は1部上場企業の取締役・執行役員よりは多いが、専務や常務クラスよりも少ないくらいの位置付けにある・・・
・・・責任と権限が大きなポストに関する限り、ほかの先進国の公務員は日本より明確な競争と評価にさらされている。日本が行政システムの手本にした英国は事務次官の年収が成績評価に応じて最高20万ポンド(約2800万円)から14万2千ポンドまで上下する。ドイツの事務次官や局長は「政治的官吏」と呼ばれ、いつでも職務を外されるリスクと背中合わせだ。横並び主義の根強い日本だが、たとえば次官や局長だけでも処遇の発想を転換したら、役人のイメージごと変わるのではないか・・・

ありがとうございます。ご指摘の通りです。もちろん、企業と行政を単純には比較できません。「公務(のやりがい)は、お金(の多寡)じゃない」と言う人もいますが、そのような志だけに頼っていては、良い人材は集まらないでしょう。
私は、40年前に公務員になりました。その際に、民間企業に比べ収入は少ないと聞いていましたが、これだけも差があるとは知りませんでした。かつて、母校の高校で後輩たちに、私の仕事をお話ししたことがあります。その際に、年収を話したら、後ろで聞いていたお母さんたち(私の同級生)が、余りの少なさに絶句して、同情してくれました。

記事では、上場企業334社の社長・専務・常務と比べています。この人たちと比べても、次官や局長の報酬は、はるかに少ないのですが、もう一つの比較があります。友人たちと話すと、しばしば大学時代の同級生との比較がでてきます。いわゆる大企業の社長、副社長との比較です。この場合は、次官や局長は、恥ずかしいくらい少ないです。

実務でも、問題が出ています。独立行政法人など役所の外郭団体です。民間人を登用するとの趣旨で、企業の幹部を採用する場合があります。ところが、年収2千万円くらいでは、大企業幹部は年収1億円~5千万円程度ですから来てくれません。よほどの「ボランティア精神」か「公共心」でもないと。
この項続く

役に立つ肝冷齋

2018年9月7日   岡本全勝

漢文の識者である肝冷齋は、難しい中国古典を解説してくれるのですが、時に難しすぎて、あるいは妖怪変化が多く、私の理解を超えることがあります。
たまには、わかりやすい教訓も書いてくれます。
包容力は、努力で具わる

・・・明初の名官僚で、その有能と誠実を以て、史上屈指に血なまぐさいこの時代に何度も失脚しながら復職し、戸部尚書を通算三十年ぐらい務めた夏原吉は、
徳量閎厚、人莫能及。
徳量閎厚にして、人よく及ぶ莫し。
包容力が広く、厚く、誰も敵わなかった。
と言われる。「徳量」はとりあえず「包容力」と訳しておきますが、要するに人を容れる「器量」のことです。

あるひと、問うて曰く、
量可学乎。
量は学ぶべきか。
「包容力というのは、後天的な努力で具わるものですか」
夏は答えた・・・

第一原発視察

2018年9月6日   岡本全勝

今日は、東京電力第一原発(正確には元原発ですかね)の作業を視察してきました。昨年は春(2017年3月17日)に行ったので、1年半ぶりです。
私の仕事の範囲は、原発敷地の外の復興です。とはいえ、原発敷地内でどのような作業が行われているか、どこまで進んだかを知っておく必要があります。しかし、視察に行くと、現場作業の邪魔になります。近年は、現場も落ち着いてきたので、1年に1度の頻度(その前2016年9月8日)で、視察に行っています。

現場は、がれきも片付き、作業棟も新築され、事故現場から通常の作業場になりつつあります。東京電力のホームページ7分間の動画。96%の区域は、作業服だけで立ち入ることができます。最初の頃は、食堂もなく、弁当でした。
いまも、毎日4000人を超える作業員が働いています。夏は暑くなるので、早朝から作業を始め、昼はお休みにしているそうです。ただし一部の区域ですが、作業中は水も飲めない・トイレも行けない作業場所があります。
私たち視察者の着替えも大げさでなくなり、手袋や長靴の履き替えも、簡単になりました。面体(顔を覆う透明カバー)をつけなくて良いのは、楽です。最初の頃に比べると、隔世の感があります。

今日一緒に行った復興庁の職員たちは、ほとんどが第一原発に入るのは初めてです。そうですよね。職員も入れ替わります。若い人たちにも、この事故の経験を知ってもらうことも重要です。

仏像と近代日本人

2018年9月5日   岡本全勝

多川俊映著『仏像 みる・みられる』(仏像を見る、仏像に見られる)に触発されて、碧海寿広著『仏像と日本人-宗教と美の近現代』 (2018年、中公新書)を読みました。
明治時代から現在までの、日本人と仏像との関わり方を、分析した本です。切り口が鋭く、よく整理されていて、名著だと思います。仏像の分析ではありません。仏像の社会学と言ったら良いでしょうか。仏像や古寺ファンの方には、お勧めです。

信仰の対象だった仏像が、美術品となっていきます。写真となって、流布します。それは、御札(おふだ)ではなく美術品としてです。そして、一部知識人の鑑賞の対象から、一般人の観光の対象になります。修学旅行の定番となります。お寺ではなく、博物館で見ることが多くなります。
信仰の対象であった時代には、秘仏として、参詣者が見ることができない場合でも、仏さまは仏さまでした。見ることができないほど、ありがたいものです。しかし、美術品、観光の対象となると、見ることができない仏像は、対象となりません。

しかし、私たちは、お寺で仏像を見た時、単なる彫刻に対してとは違った思いを抱きます。ミロのビーナスやダビテ像を見る時とは、違った気持ちになります。
仏像を見る、仏像に見られる2」の記述で、私たちは仏様の目を見て、仏様の目を通して自分を見ると述べました。仏像写真家として有名な土門拳さんと、入江泰吉さんの言葉が紹介されています。

・・・ぼくは被写体に対峙し、ぼくの視点から相手を睨みつけ、そして時には語りかけながら被写体がぼくを睨みつけてくる視点をさぐる・・・土門拳、p159

入江泰吉さんが秋篠寺で伎芸天を撮影しようとした際のことです。ライトでは見えない仏様の表情が、ろうそくの明かりの前に現れます。
・・・そこでわたしは、灯明やローソクの明かりで仏像を仰ぎ見ながら祈りをささげた昔の善男善女の目にこそ仏像本来の慈悲のすがたが映ったのではないかとかんがえました・・・入江泰吉、p164