年別アーカイブ:2018年

知っていることが書かれた本を読む

2018年11月8日   岡本全勝

本を読んで「知っていることばかり書かれていた」と述べる人がいます。残念ですね。
もし、「知っていることばかりで、新たに得るところがない」と気づいたら、読むのをやめるべきです。時間の無駄です。
それでも、最後まで読んだのなら、「私の知っていることばかりだった」と安心を得るべきです。すると、無駄にはなりません。何か調べ物をして、知っているとおりだったら、安心しますよね。それと同じです。

拙著『明るい公務員講座』は、多くの経験ある公務員や会社員なら、知っていることばかりです。あとがきにも、そう書いておきました。
この本は、駆け出しの公務員に読んでもらうために書いたものです。この人たちは、職場で悩んだときにどうすればよいかわからない。そこでつまずきます。それを防ぎたかったのです。私も若いときに悩んだので、その経験を書いたのです。多くの人も自分で乗り越えるのですが、この本を読んだら、一人で悩まずに乗り越えることができるでしょう。

次に、中堅職員が読んで、「知っていることばかりだ」と思ったら、あなたの仕事ぶりに安心してください。そして、後輩たちを導いてやってください。
また、それに満足せず、「私ならこう書く」と、あなたなりの「仕事講座」を書いてみてください。そして、後輩たちに教えてください。仕事の仕方は人それぞれですから、いろんな仕事術があって当然です。私の「公務員講座」だけが正解ではありません。

もう一つ、「知っていることばかりだ」で満足しては困ります。もし、賛成なら、実践してください。理解することと、実践することとは別のことです。

希少価値と過剰と、書物の変化2

2018年11月7日   岡本全勝

希少価値と過剰と、書物の変化」の続きです。図書館に行けば読むことができる本を、手元に置いておく。しかも、高い代金を払って購入します。なぜか。

「読みたいときにすぐに読むことができるように、手元に置いておきたい」というのが一つの理由でしょう。「読んだ本を並べておきたい」という理由もあります。
でも、私のように、たくさん買ったけど山積みになっている状態では、お目当ての本をすぐに探し出すことは不可能です。大きな書庫を持っている人は別ですが。そのたくさんの本を、いつか読むことも不可能でしょう。

本が希少価値だった時代は、蔵書とは高級な趣味でした。
しかし、私の場合は、稀覯本とか高価な本を持っているわけではありません。アマゾンで発注すれば、買えるような本ばかりです。
女性がたくさんの着物を、あるいは余裕のある男性がスーツをため込むのと同じですかね。一生かかっても、袖を通すことは不可能。「タンスの肥やし」と呼ばれるものです。

機能だけを考えれば、すぐに探し出せない蔵書は意味がありません。読んだ本と読みたい本の書名を分野別に分類して、パソコンに記録しておく方が使い勝手がよいでしょう。
そして、本の実物は持たず、アマゾンにリンクを張っておけば、目次や概要はわかります。注文すれば、1週間も経たずに届きます。しかも世界中からです。手元に置くのは、必要最小限にするのです。
もっとも、昭和の人間、紙で育った私は、なかなかそうは踏み切れません。
肝冷斎も、読み切れないほどの、冥土に持って行けないほどの漢籍をため込んでいるようです。

これからは、読書ノートも、パソコンを使って、機能的に記録できるのでしょうね。
私も、パソコンとホームページがあるから、読んだ本の感想文を書き残しています。これが、紙のノートにペンだと、記録しても二度と読まないので、書くこともなかったでしょう。10年ほど前までは、読書ノートはつけていませんでしたから。

「財政再建より経済再生」と財政規律

2018年11月7日   岡本全勝

11月4日の朝日新聞連載「平成経済」は「「リーマン」免罪符、歳出膨張」でした。

「2008年9月のリーマン・ショック後の日本経済は大きく落ち込んだ。「財政再建より経済再生」という大合唱のもと、政府は過去最大の経済対策を打ち出し、財政は一気に悪化した。危機対応だったはずの経済対策や増税延期は、「経済最優先」という名のもとで10年後のいまも続き、財政規律は緩んだままだ」という書き出しです。中に。次のような記述があります。

・・・2009年5月に成立した補正予算に盛り込まれた経済対策の規模は、過去最大の15兆円超。財源のうち10兆8千億円は借金で賄う計画で、当初予算と合わせた09年度の予算額は初めて100兆円の大台に達した・・・
・・・リーマン・ショック直後の09年当時は、衆院解散・総選挙が迫っていた時期だった。それをにらんだ与党内からは、「奇策」も飛び出した。・・・しかし、麻生氏や与謝野氏はこうした案を退け、当面は経済再生を優先させつつ、3年後には消費増税にめどをつけ、財政再建を進めると訴えた。当時の最大野党・民主党が消費増税を封印し、子ども手当や高速道路無料化などをアピールしていたことに対し、あえて財政規律を重視する姿勢を示し、「責任政党」をアピールする狙いもあった・・・

当時、麻生総理、与謝野経済財政担当大臣の最も気を遣われたところが、この点です。

ボルカー元FRB議長、行政の重要性

2018年11月6日   岡本全勝

11月1日の日経新聞オピニオン欄、ジリアン・テット、ファイナンシャルタイムズ米国版編集長の「ボルカー氏が残す警鐘」から。
この記事は、ポール・ボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長の回顧録についてです。
記事の前段は、金融政策が後退しているとして、3つを挙げています。これはこれで重要なのですが、それは原文を読んでいただくとして。ここで紹介したいのは、行政への期待です。

・・・驚くのは、彼が次世代に残したいメッセージとしてトップに挙げるのは金融や経済ではない点だ。それどころか「自分としては、パブリックサービス、つまり公務員の仕事の重要性を理解してくれることを何よりも望む」と強調する。
20世紀には、政府は価値あるものと社会が受け止め、人々の支持を受けるべきものだという考え方が浸透していたが、これが21世紀が進むに従い、特に米国で廃れてきていると同氏は感じている。「私が育った時代は、『良い政府』というのは皆が響きのいい言葉だと捉えていた」と話す。1950年代にはパブリックサービスは尊敬を集める仕事とされ、プリンストンのような大学では「行政」は重要な学問と見なされていた。

「しかし今や『良い政府』という言葉は、あざけりの対象でしかない」と嘆く。大学は実践的な行政教育を事実上、捨ててしまっており、代わりに「政策」に焦点を置いている。ボルカー氏のように何十年も行政に携わる仕事をして、高額報酬を得られる機会を棒に振るような学生は今はほとんどいない。
この風潮を変えようと、同氏は、行政に関する教育をもっと重要な位置づけにするプロジェクトを立ち上げたが、「うまくいっていない」と言う。「このプロジェクトのために超富裕層から資金を調達できると期待したが駄目だった。彼らは政府は小さい方がいいという考え方で、政府がどっちを向こうが気にもしていない。今の時代、必要なのに支持が得られない」

これは憂慮すべき事態で、ほとんど議論されることがないからこそ、ボルカー氏の警鐘は重要だ。実際、地球温暖化から教育まで様々な問題に対処するため、あるいは自由市場が抱える問題点の解決法を選ぶためだけにでも、力ある行政が米国に必要な時があるとしたら、それはまさに今だ・・・
原文をお読みください。

精神的な不調に苦しむアスリート

2018年11月6日   岡本全勝

11月1日の朝日新聞オピニオン欄、バスケットボール元女子日本代表主将・小磯(旧姓・浜口)典子さんの「アスリートと心の病」から。
バスケットボールの女子日本代表選手として5度のオリンピックに挑み、アトランタ(1996年)とアテネ(2004年)の2回、出場を果たした小磯さん。アスリートの心の問題への関心を訴えています。

・・・2010年に引退後、想像もしなかった自己嫌悪や絶望感に襲われ、精神的な不調に長く苦しんだからです。18歳で初めて出た1992年のバルセロナ五輪予選から引退まで、私の毎日はすべて、五輪で戦う準備の日々だったと言っても過言ではありません。ところが、引退後は、心にポッカリと穴が開いたような気がして、何も残っていない自分を痛感しました。
これは私の個人的体験ですが、燃え尽きて心を病んだり、目標をなくし生きがいを失ったりするアスリートは少なからずいる、とも聞きます。自分の経験を語ることで、見過ごされがちな選手たちの心のケアにも社会が関心を持ってくれればと思っています・・・

「その頃、息抜きとか気分転換になるような趣味は?」という問に。
・・・ありませんでした。姉の影響で小学4年からバスケを始め、高校は県内一の名門に特待生で入学し、18歳で実業団チームに。バスケで自分の生活をたてたいという必死な思いだけで、社会や会社のことなど何もわからないまま成長しました。
忘れもしない出来事があります。引退間際の欧州遠征で、生まれて初めて先輩の指示に「それは違います」と口答えしました。思いをはっきり伝えたその翌日、移動する空港の貴金属店でピンクのジュエリーが驚くほど輝いて見えたんです。ピンクがピンクに、草木の緑が鮮やかな緑に見えた。世界にはこんなに色があふれているんだと驚きました。目上の人の言うことは絶対という世界にいて、色もきちんと見えないほど、感覚が摩耗していたのかもしれません・・・

「東京五輪が2年後に迫りました。現在の盛り上がり方をどうみていますか」について。
・・・マスコミも含め、国全体で盛り上げようとするのはわかります。ただ『感動物語』があふれ過ぎていないでしょうか。諦めず努力して挫折を乗り越え、栄光をつかむ、そんな話が多くないですか。だれもが努力次第で成功者になれるというのは幻想で、現実には努力では越えられない壁が多くあります。若いアスリートが自分の努力不足が原因ととらえ、自分を追い込み、痛めつける方向へ向かうことを心配しています・・・
原文をお読みください。