なぜ人類だけが生き残ったか

更科功著『絶滅の人類史  なぜ「私たち」が生き延びたのか』(2018年、NHK出版新書)が読みやすく、わかりやすかったです。
・・・700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが・・・

私のホームページの「単線、系統樹、網の目2」で、ヒト属も、ホモ・サピエンス以外は死に絶えたことを書きました。しかも、ホモ・サピエンスが、強かったのではないのです。
ヒト属が、そもそも弱い類人猿で、森から追い出されたようです。もちろん、弱かったので、多くのものは肉食獣に食べられてしまったようです。道具を利用したり、頭を使ったりと進化しますが、それらはかなり後のようです。
弱いものが生き延びるために、さまざまな工夫をして、偶然うまくいった者たちが生き残ります。強くて、良い居場所を確保した猿たちは、そこで生き続けます。しかし、そこには、進化はありません。

私たちの社会でも、強いものは、その状態に安住します。弱いもので向上心のある人たちが、生き延びるため、地位を向上させるために、改革を試みます。そこには、失敗と成功があります。しかし、挑戦しない限り、地位は向上しません。親分の元で、その庇護の元に、隷属しつつ暮らすというのも、一つの生き残り戦術ですが。

ヒト属が生き延びたことは、奇跡に近いようです。そして、それは進化と同時並行で起きます。弱いものが生き延びる。パラドックスが起きたのです。
神様がお導きくださったのでもなく、知恵があったから繁栄したのでもありません。環境と他者との競争と偶然の結果です。

ところで、人類の脳は大きいといわれますが、ネアンデルタール人は、サピエンスより大きな脳を持っていたのです。それを何に使っていたか、よくわかりません。とてつもなく記憶が良かったとか? 無駄な器官を持つことは生存に不利ですから、何か役に立っていたのでしょう。

器官や機能は、使わなくなる、必要がなくなれば、退化します。将来AIが発達して、脳の代わりを務めるようになると、人類の脳は小さくなるのでしょうか。
その前に、乗り物をよく利用して歩かない人たちと、運動選手たちとで、筋肉の付き方が違ってくるでしょう。それが続くと、人類は2分化するように思えます。

御厨先生、公文書を残さない官僚の出発点

5月27日の読売新聞1面コラム「地球を読む」は、御厨貴先生の「公文書文化の大革命期に」でした。
先生が研究を始められた時、明治や大正期の公文書を元に進められました。資料として残っていたのです。しかし、その後は、公文書がきちんと残らなかったのです。

・・・それは、敗戦と占領に由来する。1945年8月の敗戦は公文書にも未曾有の混乱をもたらした。「国家の崩壊」に至るプロセスを明らかにするために必要不可欠な公文書の多くが持ち出され葬り去られた。大蔵省や陸軍省、内務省などの有力官庁は、まさに鬼の来ぬ間に、すなわちまもなく到来する占領軍に押収される事態をなによりも恐れ、阻止せねばと考えた。従って、日本の戦争責任に関連すると覚しき公文書類を、すべて焼却に努めたのである・・・
・・・自らやってきたことをうやむやにし、公文書を軽視する姿勢はここに発した。そればかりか、連合国総司令部(GHQ)支配の下で官僚たちは、証拠を隠滅するくらいならいっそとばかりに、明治以来の公文書作成の伝統に逆らい、なるたけ証拠文献を残さず、あれこれ書かぬ習慣にしてしまった・・・

・・・とまれ現代史を追究する研究者にとって、官庁文書は無い無い尽くしだった。80年代末から私が官僚OBへの「オーラル・ヒストリー」を準備し始めたのも、文書なき世界を彼らの証言で少しでも明らかにするためであった・・・
・・・かくて平成の30年間は、官僚制の緩慢なる弱体化の進行と見合っていた。90年代のバブル経済と相次ぐ官僚制のスキャンダルめいたいくつかの事件が、それを象徴している・・・
・・・されば、ポスト平成期こそ、公文書文化にとって大革命の時代の到来でなくてはなるまい・・・

鋭い、そして厳しい指摘です。
官僚たちに、自らやっている仕事に自信があるなら、記録をきちんと残すはずです。それが成功した場合も、失敗に終わった場合も。政策案を提示し、それを実行する、そして成果について評価を待つ。それが官僚のあるべき姿でしょう。
ぜひ、全文をお読みください。

暑い6月

6月になりました。今日の東京は快晴で、気温は30度近くまで上がりました。
午前中は、公園で孫と遊び(孫に遊んでもらい)、午後は運動不足を兼ねて、新宿まで5キロメートルの散歩。日陰は良いのですが、日向はきついです。
紀伊国屋で本を探し、帰りは歩く元気がなく、地下鉄で。
しかも、駅を降りて、ソフトクリームを食べてしまいました。おいしかったです。ダイエットには、なりませんね。

孫と植えた朝顔。先週、植え替えて、柱を立てました。キョーコさんが水やりをしてくれているので、順調に伸びています。

それにしても、プロ野球、楽天は残念です。肝冷斎は、体力の限りを尽くして、野球観戦に精進しているようです。

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロって、知っていますか。
ブルクハルト著『イタリア・ルネサンスの文化』 (1974年、中公文庫)を読まれた方なら、カバー表紙に出て来た、あの特徴ある横顔の人です。
15世紀、イタリア・ルネサンス期のウルビーノ公国の君主。傭兵隊長、屈指の文化人でルネサンス文化を栄えさせたことで有名です(ウイキペディア)。

ドイツの歴史学者による、『イタリアの鼻 ルネサンスを拓いた傭兵隊長フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ』(邦訳2017年、中央公論新社)を読みました。この本のカバーにも、同じ肖像画が使われています。槍試合で右目を失い、鼻の上が欠けているのも、そのせいです。彼が描かせた絵が常に左の横顔なのは、そのような理由がありました。

面白いです。「闘っては一度も負けず、とびきりの文化人で、領民にも優しい」というのが、彼の評判です。傭兵隊長として高額な「外貨を獲得し」、そのおかげで、領民から厳しく取り立てることがなかったようですが。
この本によれば、実際は、彼は兄弟を暗殺して領主になり、権謀術数を尽くして傭兵隊長として名を上げます。そして、その汚れた手を隠すためにも、有能な君主として見せるためにも、文化人として振る舞い、伝記作家にも「良いことばかり」を書かせます。戦争に負けても、「引き分けだった」とか「彼だからこのような結果で済んだ」と言うようにです。

中世イタリアは、大きく5つに分裂していました。教皇領、ナポリ、ベネチア、ミラノ、フィレンツェの5つです。それぞれが生き残るために、強いものが出てくるとみんなで叩きます。こうして、バランスオブパワーが保たれます。傭兵隊長としても、イタリアが統一されては困るのです。失業することになるのですから。
マキャヴェッリが、君主論を描く背景です。合従連衡、小競り合いは繰り返されますが、決定的な大戦争は回避されます。傭兵隊長に払うお金がなくなると、戦争は終わります。隊長にとって、部下の傭兵たちは重要な財産ですから、むやみに消耗させることはしません。闘うけれども、死者は出してはいけない。「大人」の世界です。
一般民からすると、その道のプロ同士がゲームをやっている、それを見物しているようなものでしょう。戦闘に巻き込まれると、えらい目に遭いますが。近代になって、国民が兵隊に取られるようになり、さらに現代になって、総力戦になって非戦闘員も戦闘に巻き込まれるようになりました。当時の戦争と現代の戦争は別物です。

このような社会(一定の枠の中の競争)が続くと、いろんな結果が生まれます。戦闘による競争とともに文化による競争、権謀術数の知恵とワザ。君主、軍人、文化人、建築家・・・。領民は困るでしょうが。
社会が人をつくり、人が社会をつくります。

単線、系統樹、網の目2

単線的思考の続きです。ものごとの発展・進化の見方を、単線と系統樹と網の目に分けて議論しています(しばらく放ってあって、すみません)。今回は、系統樹的見方の限界について。

系統樹は、複数の路線に別れます。生物の進化の図が、わかりやすいですね。ある時点でも、複数の種が共存します。それぞれに、住む場所や食べ物を争いつつ確保するのです。
ところが、実際には、系統樹は枝分かれするとともに、行き止まりになる枝もあります。今につながるものたちだけが生き残り、ほかは死に絶えます。恐竜、マンモス、エディアカラ生物群などなど。
ヒト属(属名 Homo )も、現在生き残っているホモ・サピエンス以外にも、ネアンデルタール人などいろいろな種類がいたようです。でも、サピエンスだけが生き残ったのです。
ネアンデルタール人とサピエンスが共存していた時代があります。しかしその時点では、その後にネアンデルタール人が死に絶えることは想像できなかったでしょう。体つきは、ネアンデルタール人の方が頑丈だったらしいのです。

この話を、強引に拡大しましょう。
複数のものが同時に存在するとき、その先にどの枝が主になるか。その時点ではわかりません。「みんな仲良く暮らしました」とはならず、「勝ち残ったものだけが生き残りました」となります。そして、どれが勝ち残るかは、その時点ではわかりません。
すると、同時代の歴史、近過去の歴史を書くことは難しいのです。私たちが読む歴史は、済んでしまってから遡る歴史です。結果がわかってから書かれたものです。