年別アーカイブ:2017年

3.11、各紙の報道

2017年3月12日   岡本全勝

3月11日、各紙が特集を組んでくれました。
読売新聞社説は「大震災6年 きめ細かな復興支援が大切だ」でした。
・・・暮らしの基盤再生は、ようやくヤマ場を越したと言えよう。
復興・創生への道筋を具体的に示し、被災地のこれからの歩みを後押しする。復興庁を始めとする政府の責務である。JR仙台駅から南に約4キロの街中に、2万4000平方メートルの更地が広がる。仙台市内最大の仮設団地だったが、昨年10月に解体作業が始まり、今年2月には地権者に土地が返還された・・・
・・・移転先の復興住宅などでは、コミュニティーの構築が、必ずしも順調には進んでいない。
仮設住宅では、行政とNPOなどの民間団体が手を組み、住民同士の交流を促す活動を展開してきた。高齢者らの買い物をサポートする団体もあった。仮設から移り、こうした取り組みが減った、と岩手県内の被災者の一人は語る。
NPOなどとの連携は、復興庁が重点的に手がけてきた手法だ。引き続き積極的に活用して、住民の孤立を防いでもらいたい・・・

紹介されている仙台市の長町駅前仮設住宅団地は、新幹線の窓からもよく見えました。すっかり更地になっています。
読売新聞は、特別面「復興事業一歩ずつ」で、かさ上げ工事がいかに膨大な作業であるかを、絵入りで解説していました。なぜ、6年経っても新しい町ができないか、仮設住宅が解消されないかが、よくわかる記事でした。ありがとうございます。

被災企業再建補助金の成果

2017年3月11日   岡本全勝

3月10日の日経新聞が、「被災企業 一括支援が効果」を書いていました。東日本大震災で新設した、「中小企業グループ化補助金制度」です。
・・・東日本大震災で、国が被災企業に資金を支援する補助金が復興を後押ししている。日本経済新聞社の調査では受給した9000以上の事業者で破綻したのは一部にとどまったことがわかった。被災企業がグループを組んで再建する場合に補助する震災後に新設された制度で、地域経済の再建を下支えしている・・・

延べ9,419事業者に、4,650億円の補助をしました。そのうち破産・廃業は61事業者、0.6%です。他方、3県には10万社弱の事業者があり、この間の倒産は1,099県で、1.1%が倒産しています。「グループ化補助金は被災企業の破綻を大幅に抑えた」と記事は評価してます。原文をお読みください。

しっかりした分析の良い記事を書いてくださって、ありがとうございます。
とかく役所は「これをします」とは発表するのですが、「その結果、これだけの効果がありました」と分析するのを怠るのです。

3月17日、奈良テレビに出演します

2017年3月11日   岡本全勝

3月17日21時から、奈良テレビに出ます。「ならフライデー9」。来週の予告に出ています。
毎年、この時期に復興を取り上げているそうです。今年は、奈良県出身者が東日本大震災復興に取り組んでいるということで、私を取り上げるとのこと。先日は福島の被災地視察に、今日は仙台での講演に、テレビカメラが同行しました。
どのような番組になるのでしょうね。東京では、見ることができないのですが。

大学生への講演

2017年3月11日   岡本全勝

今日は仙台まで、大震災からの復興について、講演に行ってきました。全国学生連携機構主催による、大学生の勉強会です。北海道から関西まで幅広い学生が集まって、話を聞いてくれました。彼らは、6年前は中学生です。スライドを使って、被災直後とそれからの復興、そしてインフラだけではまちの暮らしが戻らないことを説明してきました。
会場は仙台駅隣の高層ビルで、控え室の窓からは、仙台平野の海沿いが一望できました。6年前は、がれきが散らばっていたこと、特に田んぼに自動車がたくさん転がっていたことを思い出しました。

3.11、あれから6年

2017年3月11日   岡本全勝

2011年3月11日から、6年が経ちました。早いようにも思いますし、長かったとも思えます。避難者にとっては、とても長い6年だったでしょう。復興に携わっている、特に働きづめだった市町村長や職員にとっては、あっという間の6だったでしょう。私もそうです。

この1週間、マスコミが特集を組んでくれています。この時期には、もはやニュースになるような政策はなく、現場の復興状況の報告と、政策の検証が中心になっています。断片的なニュースでなく、大きく紙面を取った進捗状況や課題の報告は、全体像を把握しやすく、ありがたいです。
このホームページでも取り上げたように、被災市町村長はかなり復興が進んでいると考え、復興のめどがつきつつあります。
岩手、宮城の津波被災地域では、住宅再建にめどがつきました。福島の原発被災地では、帰還可能な地域は避難指示が解除されます。帰還困難区域では、復興拠点を作ることとしました。福島でも、新しい段階に入ります。

当初は確たる当てもなく、10年を復興期間とし、その半分を集中復興期間としました。各地の具体的な計画はまだできていなかったのですが、区切りは必要ですから。結果として、津波被災地域は、この期間設定は適切でした。福島は、当初は、いつになったら帰ることができるか、皆目見当がつきませんでした。ここは、5年が区切りでなく、6年が一つの区切りになりました。

しばしば「6年前は、6年後をどう想像していましたか」と質問を受けます。私の感想は、「6年でここまで復興するとは、想像もできなかった。津波のがれきを見て、いつがれきが片付くのだろうと、計画も立たなかった。福島では、いつになったら人が住めるようになるのだろう。何十年かかるのだろうと思った」です。それを思い返すと、6年でよくここまで復興したものです。多分、多くの市町村長は同じ思いだと思います。
しかし、まだまだ道半ば、福島は緒に就いたばかりです。引き続き、力を入れていきます。