年別アーカイブ:2017年

スリッパ

2017年1月7日   岡本全勝

スリッパって、日本の発明品だと知っていましたか。私も西洋のものと思っていたのですが、外国のホテルでは置いてなく、日本産だと知りました。12月24日の日経新聞が、その生い立ちを詳しく紹介していました。
江戸末期に開国した日本。西洋人は人前で靴を脱ぐ習慣がなく、畳に靴を履いたまま上がろうとして混乱が起きました。そこで、靴の上から履く履き物を作ったのだそうです。1900年頃から日本人も使い始めますが、日本人は靴の上からでなく、素足に履いたのです。暮らしが洋風になり、板張りの部屋が増えたことも、スリッパが普及した要因でしょうね。

日本発祥のスリッパは、飛行機の機内サービスとして、世界各国の航空会社に取り入れられています。若い頃に国際線に乗ると、機内用に靴下が支給されて、「貧乏くさいなあ」と思っていました。よく考えれば、欧米にはスリッパがなかったからですね。
日本のホテルにはスリッパは行き渡ったようですが、世界のホテルにも普及しますかね。
西洋風に家の中でも靴というお家(東京)を知っていますが、「どこまで靴のママで行くのですか」とトンチンカンな質問をしたことがあります。「ベッドやお風呂の際には、どこで靴を脱ぐのですか」という質問です。もちろん、「そこまで靴」あるいは「靴を脱いで歩く」が答でした。

ホテルのベッドカバーの足の方に、目立つ色の帯の様なものがかかっています。あれも、長い間疑問でした。「なんのためにあるの。邪魔なだけや」と、取り外していました。あるとき、教えてもらいました。ベッドスローといって、靴を履いたままベッドに横になった際に、掛け布団が汚れないように敷いてあるのだそうです。
トイレの履き物も下駄からスリッパになり、病院などでもスリッパです。記事では、学校で履く「上履き」も紹介されています。この上履きは、病院や介護施設でも利用されているようです。

高齢者は75歳以上

2017年1月6日   岡本全勝

日本老年学会は、「高齢者」の定義を、現在の65歳以上から75歳以上に引き上げるべきだという提言をまとめました。「NHKニュース」。
それによると、65歳以上の人を高齢者と位置づけたのは、昭和31年(私が生まれたのが30年です)。国連の報告書が、当時の欧米の平均寿命などをもとに、65歳以上を「高齢」と表現したことを受けたのだそうです。当時、日本人の平均寿命は、男性が64歳、女性が68歳。
たしかに、私の子どもの頃は、60歳と聞くと「お爺さんとおばあさん」でした。黒っぽい服装で、腰を曲げて歩いておられました。前にも書きましたが、漫画「サザエさん」の波平さんは確か54歳です。今なら、どう見ても60歳以上、65歳くらいに見えますよね。

その後、平均寿命は延び続け、男性が81歳、女性が87歳となっています。今、65歳の人に向かって「おじいさん」と言うと、機嫌を悪くされますよね。
この60年間に平均寿命が15歳以上伸びているのに、高齢者の定義(年齢)がそのままというのは、おかしいですね。もちろん、老化は個人差が大きいです。同じ60歳や65歳の人を見て、こんなに差があるのかと驚きます。
この提言では、65歳から74歳までの人たちは、「准高齢者」と位置づけます。これだと、私はまだ准高齢者にも入りません。

課題は、75歳までの人たちに、活躍の場を提供することです。老化の個人差は、一つには健康状態ですが、もう一つに生きがいを持って活動しているかどうかがあると思います。「若さとは心の持ちようだ」と言いますが、活動の場がないとそれも難しいです。
現在は、定年後は「それぞれに活動の場を探せ」ということになっています。しかし、皆が皆、働く場や趣味の場を持てるわけではありません。特に都会のサラリーマンは、手入れをする庭もなく。しかし、定年を引き上げれば、現役諸君に迷惑がかかります。工夫が必要です。

被災地での企業の社会貢献、社会的役割

2017年1月5日   岡本全勝

河北新報が新年3日から、「被災地と企業」という連載を始めました。
・・・企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ・・・
第1回は、ポケモンGOの河合敬一さん。第2回は、若手漁師らのフィッシャーマン・ジャパン。第3回には、藤沢烈さんが登場しています。詳しくは本文を読んでいただくとして、特徴を次の様に述べています。
・・・以前はボランティアや寄付が中心だったが、本業を通じた支援が活発化し、産業やコミュニティーの再生により深く多様に関わった・・・
・・・地域と長く関わる専任者がいたかどうかが大きい。被災地では顔の分かる人間関係が基本。最初から分厚い提案書を出して、相手に敬遠されたケースもある。地域との関わり合いを勉強するいい機会になった・・・

藤沢さんたちとの共著『東日本大震災 復興が日本を変える』は、副題が「行政・企業・NPOの未来のかたち」です。被災地を復興する際に、行政だけでは限界があること、企業やNPO、コミュニティの役割が大きいことを、実例を挙げて紹介しました。私たちが挑戦したことが、社会に受け入れられつつあります。ありがとうございます。

失敗ではなく、次にやること

2017年1月5日   岡本全勝

1月5日の日経新聞「交遊抄」、村上善則・東京大学医科学研究所所長の言葉から。
留学先のアメリカ、ソルトレークシティーとユタ大学は、パイオニア精神に満ちていました。レイ・ホワイト教授も、まさにパイオニア精神を体現する人。活力にあふれ研究も常に前向きでした。
・・・私がある巨大プロジェクトの研究発表者に選ばれたときの練習でも、彼の指導は前向きだった。私が正直に「残念ながら遺伝子を特定できませんでした」と話すと「そうじゃない。『次にやることは遺伝子の特定です』と言うんだ」。目を開かれた思いがした・・・
・・・研究は新しい問いを見つけ、挑戦することに醍醐味がある・・私のパソコンの画面には最も目立つところに「次にやること」のフォルダがある。問いと挑戦は尽きない・・・

キッシンジャー著『国際秩序』

2017年1月4日   岡本全勝

キッシンジャー著『国際秩序』(2016年、日本経済新聞出版社)を、お勧めします。
第2次大戦後の国際秩序が揺らいでいます。それは、主権国家による調整であり、戦争を回避し、貿易の自由化を進めるというものでした。米ソ対立を抱えつつ、いくつもの地域紛争を引き起こしましたが、これまでの時代に比べ比較的安定した時代を持つことができました。主要国家間では、大きな戦争はなかったのです。
キッシンジャー博士は、現在の世界秩序の基礎を、1648年のウエストファリア体制に求めます。ここで、国際関係が、主権国家を単位に行われることが確立したのです。ナポレオン、ヒットラー、ソ連共産主義などがこの秩序に挑戦しましたが、結局、この体制に戻っています。
正義や信仰を問うことなく、主権国家間の均衡を保つ=秩序を維持する。それがウエストファリア体制のミソです。戦争や条約、国際機関などの取り決めも、主権国家が単位になっています。従わない国は、アメリカを中心とした国々が「制裁」を加えたのです。そして、WTOなどの国際取り決めやEUは、主権国家の権限をさらに国際機関に委ねる方向に進んでいました。

国際社会は、力で解決する「戦国時代の日本のような状態」から、「武力統一された統治」へと進んでいると思われていました。しかし、宗教や民族の対立抗争が激しくなり、テロも激化しています。アメリカを中心とした国家による「警察行為」「抑制」が、利かなくなっています。そもそも、国内を統治できていない(刀狩りが終わっていない)国家・地域もたくさんあります。よく見ると、「安定した国際秩序」ではなく、「覆い隠されていた不安定な国際関係」だったのです。現在の世界秩序が不変のものではないこと、世界政府へ単線的に進まないことが見えただけなく、それどころか不安定になり、どのような秩序・世界関係が生まれるのか不明なのです。
本書は、世界を鳥瞰し、不安定要因を分析しています。ロシア、イスラム、イラン、中東、中国、そしてアメリカの引きこもり、核・テロ・サイバー。さすが、キッシンジャー博士の著です。1923年生まれ、90歳を超えてこれだけの本を書かれるのですね。
私は高校生でしたが、米中国交回復をお膳立てされたことに、感銘を受けました。どうしたらそのような発想ができ、大統領の信頼を得ながら秘密交渉ができるのか。著書の『外交』も名著です。世界の歴史が神様が作るものでもなく、自然と流れでできるものでもなく、人間が作るものだと考えさせられます。

残念なのは、翻訳におやっ?と思う「日本語として通じないか所」があることです。原書に当たれば、すぐに分かることなのですが。ほかの本を読むのが忙しく・・・。