10月10日の朝日新聞文化文芸欄「国民投票を考える」から。
・・・EUの雄・ドイツ。その憲法にあたるドイツ基本法には、国民投票を明確に定めた規定がない。「戦前への反省から外したと言われます」。ドイツ近現代史に詳しい石田勇治・東京大学教授はそう語る。「実際、戦後ドイツでは一度も国民投票が行われていません。徹底した間接民主制に切り替えた結果です」
戦前は逆に、直接民主制的な要素を多く持っていたという。「大統領を国民が直接選ぶ制度もあり、その大統領がヒトラーを首相に任命した」
首相になったヒトラーは国民投票を連発した。ドイツが国際連盟から離脱したことを承認するか否か(1933年)、自身が総統の地位に就いたことを承認するか否か(34年)……。「投票テーマは政府が決めていた。いわば『上からの』国民投票です。国民が賛成するであろうテーマを選び、十分な情報を与えず投票させた。狙いは、国民に支持された指導者だという印象を内外に広めること。国民投票が独裁の正当化に使われたのです」
・・・アテネなどの民主政の歴史に詳しい橋場弦・東京大学教授は「アテネでは月に3回ほど大規模な『民会』が開かれ、男性市民全員が討議する形で政治方針を決めていた。直接民主制です」と語る。
「アマチュアの政治に見えるかもしれません。でも彼らから見れば、現代の国民投票の方が危なっかしく思えるでしょう。ふだん政治に関心のない人々に国の将来を左右する決定を委ねるのですから」
アテネ市民は日常的に密な政治参加をすることで、政治に熟達していた。「現代は間接的な代表民主制が前提で、実質的な政治参加の機会が何年かに一度の投票しかない。市民の政治関与が薄い」・・・
10月9日の日経新聞、Financial Times ジャミル・アンデリーニ氏(アジア・エディター)の「風前のTPP 米衰退映す」から。
・・・TPPが頓挫しかねない状況に陥っている事実は、大衆民主主義の危うさを表す最新の事例ともいえる。つまり、国家は国益にからむ問題を、無関心で内容を十分に知ろうとしない大衆の手に決して委ねてはならないことを立証している。最近でいえば、英国が国民投票でEU離脱を決めたこともその一例だ・・・(2016年10月12日)